89. 特級と特級が交わる時
浮遊感も収まり、周囲を見渡せるくらい視界が回復してくる。
全員が辺りを見渡す中、悠馬は自身の右手だけを見つめていた。
視界が白に染まり、浮遊感に襲われながらも、必死に伸ばした右手。
それは相棒の左手を掴む事が出来たのか。
ただそれだけを考え、何も見えない中、右手だけを視界に収め続けた。
周囲の喧騒が少しずつ耳に入ってくる。
その時、悠馬の右手には――。
「悠馬お兄さん! 大丈夫ですか!」
――アリスの左手が繋がれていた。
たしかに感じる体温、直ぐ近くで聞こえる相棒の声。
そのたしかな現実に悠馬は大きく安堵する。
「よかった……今度は届いた」
大事な場面で届く事が無かった自分の手。
今回伸ばした手は届いた。
それだけで悠馬は感情が昂ぶる、『まだやれる』と。
そして、誰にも聞こえなかった悠馬の呟きは、周囲の喧騒へと溶け込んでいく。
「全員……いるな」
円を描くように繋がれた手をそのままに、悠馬は全員と顔を合わせる。
そのまま周囲を見渡す様に、視界を左右へと移動させる。
「ここはどこなんだ……?」
周囲の建物を見る限り、地上ではあることは間違いない。
しかし、現在地を把握しようにも、土地勘のない悠馬達には、ここがどこか分からない。
しばらく周囲を見渡していると、突然声がかかる。
「皆で手ぇ握ってからに、自分らえらい仲良しさんなんやなぁ」
「お前は……」
「なんや、もう忘れたんかいな? ジジババでもそんなはよ忘れへんで。ワシは――」
「「「「糸目の関西弁!」」」
「なっ! なんやそれ!『糸目の関西弁』ってワシの事か!? そもそも悪口ちゃうんかソレ!」
長槍を肩に掲げ、声をかけてきた探索者、それは突入前に揉めた男だった。
「いや、すまない。悪気はないんだ、ただ名前も聞いてなかったし……」
「かーっ! 名前知らんかったら何言っても良いってか? そんなワケあるかい! しかも全員で声合わせんでもえぇやろ! イジメかっ!」
「まぁなんだ。 俺は小栗悠馬だ、アンタは?」
「ワシは、特級パーティー『バーニングオクトパス』のリーダーやらせてもろとる、木森琳いうもんや」
木森は名刺を差し出し、悠馬へ手渡す。
その名刺は赤、青、黄色と多くの色が使用されており、良く言えばカラフル、悪く言えば悪趣味。
更には、名刺の半分が顔写真のアップという、何とも自己主張の激しい名刺だった。
「おい……『バーニングオクトパス』って」
悠馬がパーティー名の意味を考えていると、ノーラがすかさず割って入る。
「直訳すると――『たこ焼き』ですね。 何とも安直で面白みのないパーティー名かと」
「おい! メイドのねーちゃん! かわいい顔して言う事ひっどいな! えぇやんか! たこ焼きは大阪文化や!」
「たこ焼き食べたいです! 本場のたこ焼きを守る為に来たんです!」
「おっ! 騎士のねーちゃんは良いこと言うやんけ! ほな今度、美味しいたこ焼き屋連れてったるわ!」
「やったー! みんなで行きましょう!」
本場のたこ焼きという響きに、アリスのアホ毛はブンブンと反応する。
「おいおい、目の前でメンバーをナンパとか正気か? さっきの続きでもするか? あ?」
「なんやねんそれ、そんな気あらへんわ。それより人のパーティー笑とらんで、自分らのパーティなんていうんか教えんかい!」
「オ……騎士団」
「なんや、蚊の鳴くような声で言わんと、男やったらハキハキ喋らんかい!」
「……『オグリ家騎士団』だ」
「は?」
「だから! 『オグリ家騎士団』だよ!」
「ぶぶっ! 自分が小栗やからって『オグリ家騎士団』って――ブホホッ! なんや自分ひっどいセンスしとるな! それでよく人のこと馬鹿にできたもんやで!」
「うるせぇな! こっちだって特級パーティーだ! 馬鹿にすんな!」
「馬鹿にはしてへんよ。ただ、良く人のこと言えたなって思ただけや――って、ブフォッあかん! わろてまう」
「何だと! お前こそ名前の9割が『木』じゃねぇか! どんなセンスだよ!」
「おい! オトンとオカンが付けてくれた名前にケチつけんなや! 素敵やろがい!」
まるで漫談のような掛け合いをする2人。
周囲が最大警戒で周囲を見渡す中、ここだけ世界が違うかのように騒々しい。
「それでキモリとやら、ここはどこか知っておるのか?」
「なんや、剣のオッサンおったんかいな。 アレみても分からへんのか?」
木森が指差した先にあるのは大きな建物。
その建物には――。
「……南海なんば駅」
「せや、ワシらが入った場所からやと数十キロは離れとる」
悠馬は看板を読み上げるが、やはり土地勘がないせいで、いまいち現在位置が掴めない。
「どういう事だ……」
「どうもこうもあらへん。 自分らも航空写真みたいなん見たやろ、あの中心地に今おるっちゅうわけや」
謎の浮遊感の正体は転移魔法のようなものだったのだろう。
脱出ポータルと酷似していたあの感覚は正しかったのだ。
悠馬は改めて周囲を見渡す。
すると、突入前にいたメンバーの他に見た顔がある事に気付く。
それは昨日、同じヘリに乗っていたものや、キャンプ地で見たもの達だった。
「……全員が同じ場所に転移させられた、って事なのか?」
「せやろな。 ワシも見た顔が何人かおる、地元の探索者達や」
「じゃあ、変じゃないかい?」
ヴァレンタインがこちらへ近づき、声をかけてくる。
顎に手を当て、何やら考えているようだ。
「ヴィ……変って何がだ?」
「府後が『中心に向かうにつれて魔物が強くなる』って言ってたじゃないか、だけどそんな様子は今のところ感じない」
「たしかに……魔物も見当たらないし、妙に静かなのも気になるな」
「それに――あの声だね」
そこで悠馬達は思い出す、転移前に聞いたあの声。
「そうです! あの声って――」
アリスが話出したその時、またもあの声が響く。
――『やぁ、探索者諸君。お集まり頂き光栄だよ』――。
先ほどと同じ声。
その場にいる全員が周囲を警戒する中、声の主は言葉を続ける。
――『さぁ、ゲームを始めようか』――。




