87. 西からの突入と西の探索者
結界内突入当日、悠馬はホテルのロビーで待機していた。
「分かってはいたが、改めてヴァレンタインさんって凄いな……」
そうつぶやきながら、自身の左腕に装着されている腕輪を見つめる。
この腕輪こそ、昨日ヴァレンタインが最後に披露した物だ。
見た目こそ『装飾のある、細めの銀の腕輪』だが、単なる装飾品ではない。
「収納腕輪か……対象物を手で持って念じるだけで、自由に出し入れできるって反則だろ」
悠馬は手のひらに『黒い棒』を出現させたり、消したりして性能を確かめる。
腕輪はいわゆる『収納魔法』と呼ばれるものに近かった。
最大で『両手で持てるもの』という制限があるものの、ヴァレンタインは現実世界で実現させたのだ。
ドレイヴンのホルダーには到底及ばないものの、その性能は破格すぎた。
「売ったら、いくら位になるか想像もつかねぇ……」
ため息交じりに腕輪を見つめていると、声がかかる。
「あっ! 悠馬お兄さん居た! もう、探したじゃないですか!」
甲冑姿のアリスが、ノーラと共にロビーへと現れる。
「2人共おはよう。 あれ?ドレイヴンさんは?」
「お館様はヴァレンタイン様と共に、朝食バイキングへと向かわれました」
「先に行ったのかよ。 確かに腹減ったし、俺達も向かうか」
ロビーのソファから立ち上がる悠馬。
「悠馬お兄さんはココで何をしてたのですか?」
「ん? 特に何かってわけじゃないんだが、ヴァレンタインさんって凄いなってね」
「この腕輪の事ですね! 私もびっくりしました」
意気揚々と掲げたアリスの左腕にも、同じ腕輪が装着されている。
ヴァレンタインは、ドレイヴンを除く全員分の腕輪を作成していたのだ。
「帝国一の魔導具職人、その肩書に恥じぬ魔導具の数々、もはや天才という言葉しか浮かびません」
「たしかにそうだな。 あると無いとじゃ大違いだ」
「でもでも、悠馬お兄さんの『ねぇーみんぐせんす?』もバッチリでした!」
通称があった方がいいだろうと、悠馬は各魔導具に名前を付けていた。
『黒い板』は『シグナル』、『黒い棒』は『ストック』、そして『銀の腕輪』は『カフ』。
反対意見もなく、名付けはスムーズに行われた。
「各個人の呼称の時にも感じたのですが、悠馬様は名付けがお好きなのですか?」
「……別に好きってわけじゃないんだが、呼びやすい方がなにかと便利ってだけだ」
何でも無い風を装ってはいるが、悠馬の目はどことなく哀愁が漂っていた。
「……そうですか。 今は、これ以上聞かない方が良さそうですね」
「そうしてくれると有難いな」
「2人共! お腹空きました! 早くご飯食べに行きましょう!」
もう待ってられないといった様子のアリスは、アホ毛を振り回しながら2人の腕を掴み歩き始める。
「はいはい、それじゃ飯食いに行くか」
「相変わらず食い意地の――」
「もう! ノーラはいじわる言わないで下さい!」
いつもの朝、いつものメンバー、いつもの騒々しさ。
違うのは――この後、戦場へ向かうという事だけだった。
――――
「そろそろ時間だな……みんな準備はいいな?」
時刻は8時になろうとしていた。
ここ結界西側では、オグリ家騎士団を含む、約40名が突入を待っていた。
「準備バッチリです! それにしても人がいっぱいですね!」
「そうだな。 ここ以外にも3箇所から入るって話だ」
「ざっと、40人くらいか。 しかし全部で4箇所なのだろう? 数が合わんのではないか?」
「ドルの言う通りだな。 戦力差とかで人数調整してんじゃないか? 多分だけど」
「ガハハッ! ここにはワシがおるしの! なんなら我々だけでも構わんくらいだぞ!」
ドレイヴンは大げさに大剣を掲げ、全員にアピールする。
すると、そこに他の探索者が声をかけてくる。
「ちょっと聞き捨てならんなぁ。 オッサンがなんぼのもんやねん」
「ぬっ! なんだ貴様」
全員が向けた視線の先には、革鎧に身をつつんだ男性探索者がいた。
長槍を肩に乗せ、こちらへと歩いてくる。
黒い長槍と茶色の革鎧は使い込まれてはいるものの、しっかりと手入れされており、それなりの実力者であることが伺える。
「でっかい剣やのぉ、オッサンそれ使いこなせるんかいな?」
「いきなり何なんですか! 父をばかにしているなら許しません!」
男の軽薄な物言いにアリスは憤慨する、まるで警告かのように大剣を男に向けている。
「おっ! これまた、えらいべっぴんさんやなぁ! どや、ワシと一緒に行動せぇへん? 損はさせへんで」
自身に向けられた大剣なぞ気にする様子もなく、男はアリスへと向かって歩いてくる。
今まで会った事のないタイプの男の行動に、アリスは一瞬たじろぐ。
その時――2人の間に割り込むように悠馬が立ちふさがる。
「そろそろ時間だ。 遊び相手なら他をあたってくれないか?」
悠馬の目は怒気を含んでおり、男の足を止めるには十分すぎるほどであった。
「な、なんやあんた! いきなり割り込んできて失礼ちゃうか!」
「俺はコイツらのリーダーなんだよ。 それに失礼なのはアンタの方だろ、関西の探索者ってのは礼儀も知らねぇのか?」
「リーダーやからって横暴ちゃうか? メンバーが誰と話そうが自由ってもんやろ!」
「そのメンバーが嫌がってるから、俺が出てるんだろうが。 それとも――突入前に怪我でもしたいのか?」
悠馬は腰の短剣に手を掛け、完全に戦闘モードへと移行していた。
男はやや腰が引けているものの、長槍を握り直し、戦闘モードへ入ろうとした瞬間――。
「――この辺りが潮時かと。 悠馬様、間もなくお時間です」
一触即発の空気を破ったのはノーラだった。
音もなく2人に近づき、諭すような声色で割って入ったのだ。
「チッ! なんやねん、メイドまでおるんかいな! えらい豪華なパーティーで嫉妬してしまうわ!」
「お褒めに預かり光栄だよ。 自慢のメンバー達なんでね」
「……興が削がれたわ。 アンタらがどこまでやれるか、中でしっかり見させてもらうで。 ほな後で」
男は手をひらひらさせ、背中を向け元いた場所へと歩き出した。
その時、全探索者のスマホに通知音が鳴り響く。
「――時間だ。 行くぞ!」




