77. かつて探し求めていた物
いつの間にか桜吹雪は収まっており、無音が周囲を支配する。
その中心で、ドレイヴンと執事は互いを警戒するように構える。
いつ戦闘が始まってもおかしくない緊張感の中、場違いな声が静寂を打ち破る。
「じい……遊んでる暇なんてないよぉ。 そこのおじさんも今はやめてくれないかな? 忙しいんだよ、僕たち」
相変わらず、片手で『赤い石』を放りながら少年は話しかける。
「子供が口出しするでないわ! 貴様の相手なら、こやつの後でやってやるから黙っておれ!」
ドレイヴンは怒号を放ちつつも、目線は執事から離さない。
「坊ちゃま、申し訳ございません。 つい……」
執事はゆっくりと構えを解き、少年へと頭を下げる。
「貴様っ! 臆したか!」
「決してその様な事は、ただ主の命は絶対ですので」
「まぁ、そういう事だよ。 石の回収もしたし帰ろっか」
「かしこまりました」
少年と執事は背中を見せ歩き出す。
「まて! あんたら一体なんなんだ! あとその『赤い石』はまさか――」
「なんなんだって言われても困るなぁ……。 ただ、また会うことになると思うよ」
「どういう意味だ」
「どういうって、そのままの意味だね。 あとこの石は……『君が探し求めていたもの』かな?」
悠馬が探し求めていたもの、それは『魂の帰還石』。
なぜその事を、この少年が知っているのか。
そして、それは本物なのか。
悠馬の頭の中に、整理しきれない情報が錯綜する。
「なぜ、俺が探している事を知っている……」
「なぜって、何でだろうね。 次会う時は分かるかもよ、それより急がなくていいの? 帰れなくなっちゃうよ」
少年は脱出用ポータルを指差し、そう告げる。
通常であれば多少休憩したとてポータルが消えることはない、ただ特級ダンジョンでは何が起きるかわからない。
その不安からか、悠馬も出来るだけ早く地上に戻りたいというのが本音だ。
「くそっ、痛いとこ突いてきやがる……みんな地上に戻るぞ」
「ユーマ! それでは納得がいかんぞ!」
「そうだね。 私も聞きたい事はあるし、もう少しお話しようじゃないか」
ドレイヴンとヴァレンタインが異論を唱えるが、アリスは反対する。
「だめです! 悠馬お兄さんが決めたのなら従うべきです」
その時、脱出用ポータルの放つ光が弱くなっていくのが見えた。
「まじで消えそうだな、全員ポータルまで急げ!」
そういってポータルに向かって全員が駆け出す。
「じゃーねー。 次は遊ぼうねー」
少年は無邪気に手を振りながら悠馬たちに声をかけ、誂うかのように白いローブをめくる。
中に着込んでいた鎧の胸元に刻まれていたのは、『鷲』と『杖』が重なり合う紋章だった。
「――っ! なるほどね……これは面白くなってきたじゃないか」
ヴァレンタインは紋章を横目にポータルへと急ぐ。
全員が脱出用ポータルについた時には、光は消えかかっていた。
「急ぐぞ! 全員範囲内に入れっ!」
全員が到着したのを確認した悠馬はポータルを起動させる。
その視線の先には、空間の断裂の中へ消えていく少年と執事の姿があった。
その姿を見た悠馬は、底知れぬ不安が芽生えるのを、無理矢理抑え込み地上へと帰還する。
――――
地上へと戻ったオグリ家騎士団は管理局へと向かう。
その間の会話は無かった、あまりにも多くの事が起きすぎて全員が咀嚼できていなかったのだ。
いつものように管理局のロビーに足を踏み入れた途端、悠馬は思わず息を呑んだ。
足の踏み場もないほどに局員たちが走り回り、幾重にも重なる怒声が天井に反響している。
その光景は、崩壊の瀬戸際にある戦場のような殺気すら孕んでいた。
「……ユーマ、おかしな気配がするぞ。ここには『平和』があったはずではないのか?」
「あぁ、そうだな。 俺もこんな状況は見たことがない」
悠馬の背後で、ドレイヴンが周囲を見渡す。
アリスも不安げにアホ毛を揺らし、周囲を警戒していた。
事務的なはずの管理局が、内側から爆発したかのように沸き立っている。
そんな中、他の局員と同じ様に走り回る望海の姿をみつける。
「おいっ望海! 一体これは何の騒ぎだ!」
「悠馬! 帰ってきたのね、丁度いいわ!」
「おいおい、一体何なんだよ」
望海に手を引かれ到着したのは、局長室の前。
そのままノックも無しに望海は中へと入る。
「局長! オグリ家騎士団を連れてきました!」
「はぁ……それはありがたいが、ノックくらいしてくれたまえ」
「あっ! 申し訳ございません。 では、私はこれで!」
こちらを振り向くことすらせず、望海はロビーへと走っていった。
「で、騒ぎの原因は一体なんなんだ?」
「それも含め、色々とお伝えしたい事がございます。 とりあえずお座り下さい」
異様な雰囲気の管理局内、一体何が起こっているのか。
ソファに座りながら、一向に戻らない日常へと悠馬は思いを馳せる。




