67. 漏れ出た意識
――ダンジョン管理局 特別応接室。
長机を挟むように、府後とオグリ家騎士団は向かい合う。
ただ、ソファの数が足りない為、ノーラとドレイヴンは壁を背に立っている。
「さて、やっと座れたね。 いい部屋じゃないか」
ヴァレンタインは周囲を見渡しながらも、その視界から府後を外さない。
「――恐縮です。 この部屋ならば、ゆっくりとお話が出来るかと」
元の顔色に戻った府後は、眼鏡を指で上げながら答える。
声は丁寧だが、目は笑っていない。
「で、本気でこのまま話をさせるつもりかい?」
ヴァレンタインの目が、鋭く府後を射抜く。
「ど、どういう意味でしょうか?」
「どうもこうも無いよ。 本気かどうか聞いてるんだ――返答を間違うんじゃないよ」
室内が静寂に包まれる。
「カメラ等の類は、先ほど準備の間に全て撤去しております。 ――ゆえに、問題は無いかと」
「ヴァレンタインさん。 ちょっと疑いすぎじゃないか?」
「悠馬様。 遮るようで恐縮ですが、そのままお待ちください」
悠馬とノーラのやり取りに反応を見せないまま、ヴァレンタインの周囲に黒い風が巻き起こる。
「じゃあ、コレはあんたの知らない事ってわけだ……」
「それは一体どうい――」
府後が喋り終わるのを待たずに、黒い風が応接室を支配する。
黒い風は何かを見つけたかのように、応接室内の数か所へと集約していく。
「ひぃっ」と府後が、小さく悲鳴を上げた瞬間。
――ボンッ。
何かが弾けるような音、そして焦げたような匂い。
それは、数回にわたって起こった。
「なんだ! ヴァレンタインどうなっている!」
大剣に手を掲げたまま、ドレイヴンは叫ぶ。
ふと見れば、アリスも立ち上がって周囲を警戒しているようだった。
「敵襲ですか! 悠馬お兄さん、私の後ろにっ!」
悠馬も『道標』が、反応しない事を不思議に思いながらも警戒する。
「皆様、落ち着いてください。 ヴァレンタイン様のお言葉を待ちましょう」
落ち着いた様子のノーラが、全員に声を掛ける。
何が起こったのか把握しているような表情と態度、その言葉に全員がヴァレンタインを見る。
「さて、府後。 あんた、何も知らないって言ってたね」
音に驚いたのか、先ほどまで頭をかかえ、しゃがみ込んでいた府後は姿勢を正し、ソファに座りなおす。
「は、はい。 私が把握している機械は全て取り除いた上で、案内いたしました」
冷や汗をかきながらも、必死に冷静を装い府後は答える。
「なるほど。 今壊したのはカメラ、盗聴器それに関連する機器だ……数は、10はくだらないね」
「なんと!」
府後と同じように、悠馬たちも驚きを隠せない。
「ノーラは分かっていたのか……?」
「はい、悠馬様。 工業的な油の匂いがしたので何かあるなと。 ただ、場所まで特定出来ませんでした。 流石はヴァレンタイン様」
「と、言うわけだよ。 府後、もう一度聞くよ。 ――ここで話をさせるつもりだったのかい?」
再度、ヴァレンタインの視線が府後を貫く。
「……申し開きのしようもございません。 ただ、本当に私は知らなかったのです」
力なくうなだれる府後を、全員が見つめる。
その時、ヴァレンタインが口を開く。
「仕方ないね……それじゃあ、行きましょうか」
「行くって、どこに?」
疑問を投げかける悠馬に、ヴァレンタインは微笑を浮かべ答える。
「――特級ダンジョンだよ」
――――
ロビーを歩く、府後とオグリ家騎士団。
府後を囲むように固められた布陣は、守護されているようでも、連行されているようでもあった。
そんな一行を見つけた望海が、悠馬に歩み寄る。
「なに? 話は終わったの?」
「ん? 終わってねぇよ。 今からだ」
「今からって、あんた達どこいくのよ」
「特級ダンジョンだ」
「えっ! 特級ダンジョン!? 支部長連れて!?」
望海の大声に周囲の視線が集まる。
「あぁ、主を倒した後のインターバルを使って、話し合いをしてくる」
「なんで、そんな危険な事を……」
「あそこなら『邪魔』も入らないし、俺達にとっては安全だ」
悠馬は含みを持たせた上で『邪魔』という単語を発する。
絶句する望海をよそに、オグリ家騎士団と府後は管理局を後にする。
――――
特級ダンジョン『虚無の門』。
ヴァレンタインが居るため、上層1階からのスタートとなる。
一番近い主の間まで10階ほど下りれば到着する予定だ。
府後は、最初こそ「な、なぜ……わたしがこんな目に」と怯えていたが、全員が揃ったオグリ家騎士団の攻略速度に、目を剝くこととなった。
罠とギミックを完全に見抜きつつも、十分な安全マージンを取る悠馬。
轟音を響かせ、敵を両断するガードルド親子。
遠距離から投げナイフと魔法で殲滅するノーラ。
ものの数十分で主の間へと到着する。
「さて。 ここからは、わたしがやろうかね」
重厚な扉を開き、ヴァレンタインが先頭を進む。
扉の奥にいたのは「ゴブリンゾンビ」の群れ。
ただのゴブリンゾンビではない、レッドキャップのゾンビだった。
「あ、あれはレッドキャップ!? 精密な連携と、高速移動で敵を翻弄すると言われている『悪魔の群れ』ではないか! しかもゾンビ化しているなんて……私はここで殺されるんだ。 まさか、その為に私をここへ!?」
真っ青な顔をして、府後がまくしたてる。
「あんたの顔、赤やら青やら忙しいね。 あと、うるさい! いいから……黙ってみてな」
そこまで言うや否や、ヴァレンタインは黒い風を発動する。
「さて、行くわよ! 『屠焉黒風!』 ――童どもを、殲滅なさい!」
主の間が黒い風に包まれる。
その風は先ほどの応接室の時とは違う。
無数の極小の刃が真空を切り刻む破壊の奔流が、殺意を持ってレッドキャップゾンビの群れを襲う。
時間にして数秒。
主の間に静寂が訪れる。
「さて、話し合いを始めましょうか」
ヴァレンタインは振り返り、府後を見る。
そこには『何か』を漏らし、主の間の床を濡らす府後の姿があった。
「おっと……お漏らしとは、さすがだね。 坊ちゃん」




