62. 角度と密事
「アリスよ! お主はもっと野菜を食べるのだ!」
「お父様こそ野菜です! お医者様から健康について言われてるの知ってます!って、ノーラそのお肉はわたしのっ!」
「アリスお嬢様。 従者にとって『食事』とは戦場。 呆けていると、大皿から全て消滅する事もしばしば。 ――ですので、全力で参ります」
ノーラの言う通り、いまやテーブルを挟んだ戦が繰り広げられている。
「ほぐっ、もぐほぐほぐ (ほんと、やかましいね)」
「いや、飲み込んでから喋れよ……」
「ごくんっ――。 に、しても美味いね。 この春菊って葉っぱは最高だよ、これで酒でもあれば天国なんだが……」
ヴァレンタインの目が何かを期待するように、悠馬を見つめる。
「だと、思ってな。 実は買ってきてるんだよ、ヴァレンタインさん用に」
そういって悠馬は、キッチンから赤ワインとグラスを持ってくる。
「なんだい、あんたわかってじゃないか! ところでこれは何て酒?」
「赤ワインだな。 今日は稼ぎがなかったから安物で申し訳ないが、酒は酒だ」
「ワインなら帝国にもあるけど。 この動物のシルエットは一体?」
「アル〇カってワインだから、同じ名前の動物のシルエットが使われてるんだと思うぞ」
「……まさか、動物の血を混ぜた呪物を、あたしに飲ませる気じゃないだろうね」
小栗家の居間に、黒い風が静かに舞い上がる。
「違う違う! たしか生産国で代表的な動物だからとか、そんなんだったはずだ。 血なんか入ってないし、なんなら裏面の原材料見ろって!」
その言葉に黒い風は静かに消滅する、悠馬は胸をなでおろしながら、ワインを開封しグラスへそそぐ。
「ならいいんだけど。 それにしても悠馬、あたしがワイン好きってよくわかったね?」
「あ~、それはなんというか……『お約束』ってやつだ。 いいから飲んでくれ」
漆黒のローブ、妖艶な年齢不詳の女性、そして酒とくれば『赤ワイン』、……そう『お約束』だ。
そんな、『お約束』を知らないヴァレンタインは釈然としないまま、グラスへと口をつける。
口を付けたが最後、グラスの角度は上昇し、あっという間に空になっていった。
「安物なんて嘘つくんじゃないよ! こいつは極上の酒だ! 雑味なんて一切ない! それにブドウだけじゃない、様々なベリー系を感じる複雑な深みがある。 さぁ!もう一杯注いでくれ! 早く!」
饒舌になるヴァレンタイン、その姿に驚きつつも悠馬はワインを注ぎ入れる。
「気に入ってくれたようで良かったよ。 これはヴァレンタインさん専用だから好きにしていい、ただ飲みすぎるなよ」
「あぁ、わかってるよ」
その2人のやりとりに気付いたドレイヴンが叫ぶ。
「ユーマ! ずるいではないかっ! ヴァレンタインにだけ酒とは! ワシにはないのかワシには!!」
「お父様! お酒はダメって昨日言ったじゃないですか!」
「その通りです。 昨日は、悠馬様が知らなかったので見逃しますが。 主の健康を守るのも従者の役割でございます」
2人に正論を言われ、縮こまりながら「ずるいのぉ~」と嘆く巨漢は可愛くない。
「まぁまぁ、そんなドレイヴンさんにはコレだ!」
悠馬は冷蔵庫から銀色の缶を2本取り出してくる。
「悠馬お兄さん! お酒はダメですよ!」
「わかってるって。 これはノンアルコールって言って、お酒だけどアルコール、すなわち酒精が入ってないんだ」
「悠馬様。 それはジュースのようなもの、という事でしょうか?」
「ジュースとは違うんだが、一応未成年に対してはダメって感じではあるな」
悠馬が持ってきたのはキンキンに冷えている『アサヒ ドラ〇ゼロ』。
それを禁酒中のドレイヴンに渡す。
「おぉ、冷たいな! しかし、キンッキンッに冷えているとはいえ、ジュースなど子供が飲むような……」
「いいから飲んでみろって。 ほらっ、こうやって開けるんだ」
一緒にプルタブを開け、乾杯する。
恐る恐る口をつけたドレイブンも、ヴァレンタインと同じ角度をトレースする。
「ぷっっはぁーー! これは堪らんな! 何より喉越しがいい! これで酒ではないとは、ユーマ!もう1本だ!」
「そうだろう、そうだろう。 俺も酒はあんまりやらない代わりに、コイツをたまに飲んでるからな」
酒ではないからと、ドラ〇ゼロをねだるアリスは「未成年」だとノーラに諭される。
若干へこみつつも、敵がいない水炊きを、今がチャンスとばかりに堪能する。
――――
「いや~、食ったし、飲んだ。 腹いっぱいだ」
締めの雑炊を堪能した5人は、それぞれ熱と酒で頬を赤らめている。
ノーラがてきぱきと片づけをしている中、ヴァレンタインは悠馬へと問いかける。
「さて、……さっきの続きと行こうか」
ワインを飲んで赤らめているとはいえ、その視線の鋭さは一向に衰えていない。
「そうだな……気になっている事はあるんだが、その前に」
一度、ためらう様に悠馬は口を閉じる。
「実は俺のスキルについて、みんなに隠している事があるんだ。 ……聞いてくれるか?」
「それは、あの夜あんたが迷いもなく、真っすぐ西を見つめていた事に関係する事かね?」
悠馬の告白と、ヴァレンタインの指摘に、一同は驚きと動揺が混ざったような表情を浮かべる。
「……気づいてたのか?」
「そりゃあね。 魔力探知はこの中ではあたしが一番だ。 そのあたしより早く発生源の方向を向くなんて、魔法も使えないあんたに出来るはずない」
そこへ、カセットコンロを持ち上げながら、ノーラが話に入ってくる。
「私も気付いておりました。 全員が方角を見るときの角度が違いました。 ……地平の先ではなく、もっと高い場所。まるで、はるか上空から降ってくる光でも見ているかのような、不自然な角度でした」
ヴァレンタインだけではなく、ノーラからも指摘が入る。
「俺が話すまで黙っててくれたんだな。 すまない……変な心配させちまったようだ」
「にて、ユーマよ。 隠し事とはその事か?」
「あぁ。 あの時、俺も知らない『紫の矢印』が西を指したんだ。 それともうひとつ……俺のスキル『道標』に関して、本質的な話がある」
「悠馬お兄さん、どんな話でもちゃんと寝ないで聞きます! 話してくださいっ!」
相棒からの『信頼』という真っすぐな目。
その優しい視線に促されるように、悠馬は語り始める。
「俺のスキルは通常の発生方法ではなく……継承されたものなんだ」
その言葉が落ちた瞬間、団欒の余熱が残っていた居間の空気が、キンと冷えたように張り詰めた。
悠馬は誰にも話したことのない、昔話を紡いでいく。
ゆっくりと、まるで――自分自身の過去を、今一度たしかめる様に。




