61. 数と質
――――千葉県 某所。
自宅へ帰りついたオグリ家騎士団。
買い物袋を抱えて自宅へ入る悠馬。
続くようにアリス、ノーラ、ドレイヴンが中へと入る。
「ただいまー! あれ?ヴァレンタインさん居ないんですか?」
返事がない事を不思議に思いながら、アリスは居間の扉を開ける。
そこには寝ころびながら、パソコンと睨めっこしているヴァレンタインが居た。
「あら、お帰り。 ずいぶんと遅かったじゃないか」
「まあ、色々あってな。 とりあえず飯にするから全員風呂にでも入ってろ」
ノーラが風呂の準備をし、悠馬は鍋の準備に取り掛かる。
各々が湯を楽しんでいる最中に、独身中年の料理が始まる。
白菜、ニンジン、春菊。
必要な野菜を切っているところに、風呂上がりのアリスが台所に現れる。
「悠馬お兄さん、今日の晩御飯はなんですか?」
「おっ、アリスか。 今日は、福岡グルメのリベンジってやつだ」
「リベンジ? ですか」
「あぁ、そうだ。 グルメの街といわれる福岡へ行ったのに、屋台と小料理屋だけだったからな」
福岡で食べる事が出来たメニューは少なかった。
ぐるぐる鶏皮串、鉄鍋餃子、水炊き、シ〇ヤのサニー〇ン、資さん〇どん……。
福岡には数え切れないほどのグルメが眠っている。
にも関わらずだ。
その、どれも味わえていない。
そんな悠馬がリベンジと称するのは……。
――水炊きだ。
「本当だったら、鶏ガラから煮出すんだが、今日は時間がないから時短バージョンだ」
そういって取り出したのは「骨付きぶつ切りモモ肉」だ。
「こいつを軽く炙った後に、鍋でじっくり煮込んで、柔らかくなったら野菜入れて完成ってな」
「聞くだけでも美味しそうですね! 楽しみです!」
「煮るのに少しだけ時間かかるから、ちゃんと髪乾かして居間で待ってろ」
「はーい!」
アホ毛を振り回しながらアリスはキッチンを後にする。
「おーい、ノーラ! 俺も風呂に入るから火の番ためるか?」
「かしこまりました。 アク取りと水分量調整ですね、お任せください」
「さすがだな。 野菜とかは後で俺が入れるから、そのままでいいぞ」
ノーラに火の番を頼み、悠馬も今日の汚れを落としに風呂へと入る。
――――
「さて、そろそろいいかな」
全員が注目する中、悠馬は鶏肉、野菜等の具材を投入し蓋をする。
「なんだ! まだ食べられんというのか!」
「悠馬お兄さん……お腹がすきました」
空腹のせいだろうか、アリスのアホ毛はすっかり萎れてしまっている。
「アリスお嬢様、待つのも料理です。 きっと絶品が仕上がるはずです、待ちましょう……」
「そうそう、鍋は待つ時間も楽しいんだよ……ってノーラ、よだれ垂れてるぞ」
「……失礼いたしました。これは、魔力の高まりによる口腔内の分泌過多です」
悠馬の指摘とノーラ苦しい言い訳に、笑いが起こる。
ノーラは毅然とした態度のまま、口元を白いハンカチで隠す。
「さて、鍋が煮えるまでに少し話でもしようか」
「……悠馬。 あんたのスキルの事だね」
ヴァレンタインの言葉に、悠馬はゆっくりと頷く。
「あぁ、その通りだ。 アリス達から話は聞いてると思うが……『スキルの進化』そんな事あるのか?」
「もちろん、あるに決まってるじゃないか」
きっぱりと言い切るヴァレンタイン。
その断言しきった言葉に全員が「聞いたことがない」と声をそろえる。
「何言ってんだか。 たとえばそうね……ノーラ、あんた使える魔法は1つかい?」
「いえ、単純なものも含めれば10はくだらないかと」
「次に、ドレイヴン。 あんたは?」
「ワシか? 身体強化と白魔法、あとは閃技を含めれば20以上だな」
「で、最後に悠馬。 あんた『矢印』の種類はいくつあるんだい?」
「青、赤、黄金……あと、今回の『黄色(琥珀)』の4種類だな」
悠馬はここでもあの夜、西を指した【紫の矢印】の事を伏せた。
「そういう事、わかっただろ?」
「ヴァレンタインさん。 わたしは何のことか分からないです。 技の数と矢印の色って……むぅ」
「アリスお嬢様。 ヴァレンタイン様は『矢印の色の数』と『技の数』は同質だと仰っているのではないかと……違いますか?」
「その通りだよ。 あんたらだって、最初から今の数の技や魔法が使えたわけじゃない。 あたしだってそうだ」
ヴァレンタインの説明に全員が耳を傾ける。
「毎日の鍛錬、精神性の向上、身体能力の向上、習熟度とか。 様々な条件がそろった時に、新しい技や魔法が使用可能になる。 悠馬の場合はそれが『矢印の色』ってだけ。 進化なんて大げさなもんじゃないよ」
「なるほど! ヴァレンタインさん凄いです!」
ヴァレンタインの説明にアリスは目をキラキラさせ感嘆する。
全員が納得しているなか、悠馬だけ表情が暗いままだ。
「そういうもん……なのか?」
自分の意識に関係なく発動した【紫の矢印】の存在と、ドラゴンゾンビ戦の『沈黙』が情報の咀嚼を阻む。
「なんか引っかかってそうだね、文句でもあるって事?」
ヴァレンタインは曇った表情の悠馬に問いかける。
「いや、文句とかではないんだよ。 ただ、ヴァレンタインさん言ったじゃないか、『自我がある』かもって。 それが何か引っかかるというか」
「ふ~ん……あたしには『それ以外』の理由があるように見えるけどね」
ヴァレンタインの視線は、悠馬の後ろめたさに鋭く突き刺さる。
その時、鍋の蓋の空気穴から蒸気が真上に伸びる。
「さ、さぁ。 料理も完成したようだし、続きはメシの後だ!」
「はーい!」と食器を手にするオグリ家騎士団。
だが、その真っ白な蒸気の向こう側で――ヴァレンタインの瞳だけは、霧を切り裂く刃のように、悠馬の動揺を真っ直ぐに射抜いていた。
そう……鍋の蓋が開くまでは。




