59. 深淵の余波
静まり返った主の間にて、ドレイヴンの声が響き渡る。
問いただすような怒号に、空気が大きく振動する。
「あぁ、すまなかった……。 まともに指示も出せず、縮こまっちまったよ」
ポリポリと頭を搔きつつ、言い淀みながら謝罪する。
「指示とかそんな事はどうでもよい! そうではなく先ほどのアレだ!」
「アレって……あぁ、アリスが飛んだ事か?」
「そうだ! 理屈は分からんが、ユーマがアリスを浮かべたのだろう? ワシにもやってくれ!早くっ! さぁ来いっ!」
ドレイヴンは子供のように目を輝かせると、ぐいっと腰を落として深く屈み込んだ。
両腕を前に突き出し、逆手にした大きな掌を「はよせよ!」と言わんばかりに激しく手招きする。
その姿は、まるで発射台でカウントダウンを待つ砲弾そのものだった。
「いや……まぁ、そうなんだが。 今は違うだろ……。」
その辺境伯らしからぬ異様な姿に、悠馬は思わず頭を掻いた。
――――
「素材も回収したし、約束通り地上へ戻ろうか」
ドレイヴンを全力で無視しつつ、素材を回収した悠馬が全員に声をかける。
「早く帰りましょう……。 悠馬お兄さん、今日はなんだか疲れました」
「私もアリスお嬢様に同意いたします。 可能であれば、スーパー銭湯を所望いたします」
アホ毛が垂れ下がったアリスを支えながらも、ノーラは自身の欲求を叶えようとしてくる。
「お前らは相変わらずだな。 それに比べ……アレはどうしたもんか」
「おい! ユーマまだかっ! ワシはいつでも構えわんぞっ!」
大剣を前方に構え、悠馬に背を向けながらドレイヴンは叫ぶ。
「ドレイヴンさん、今日はもうやんないから。 一旦、上へ戻るぞ……その調子だと、まじで置いてくぞ」
――――
ドレイヴンは地上へ戻ってからも、ずっと「ぬぅ……」「解せぬ……」と低い唸り声を上げ続けていた。
時折、悠馬に向けて「カモン」のポーズを無言で決めてくるが、悠馬は鋼の意志でそれを黙殺する。
「とりあえず管理局だな……望海のところへ行く。 約束通り、素材を流してやらんとな」
悠馬が声をかけると、疲れ切ったアリスがこっくりと頷く。
管理局受付カウンターへ向かうと、そこにはいつものように書類の山と格闘している望海の姿があった。
悠馬たちの姿を認めるなり、彼女の目が獲物を見つけた猛獣のように輝く。
「ドレイヴンさんッ!! お帰りなさいませ、お待ちしておりましたっ!」
望海はデスクを飛び越えんばかりの勢いで駆け寄ると、ドレイヴンの手を取り、ブンブンと振り回した。
その隣にいる悠馬、アリス、ノーラの3人は、まるで背景であるかのように、完全に無視されている。
「望海さん…… 凄い速度でした!」
「……相変わらず現金な奴だ」
悠馬が呆れたように呟くと、望海はようやく気づいたように視線を向けた。
「あら? これはこれは、悠馬さんもご無事で。――それで、例のモノは……?」
望海の目は、相変わらず「$」マークになっている。
欲見ると手元は、人差し指と親指で円を作っている。
悠馬は声を潜め、周囲を警戒しながら切り出した。
「それなんだが。 ――誰も見ていない、広い空間……。 それと、監視カメラの類が一切ない『部屋』を用意できないか?」
悠馬の真剣な表情に、望海の眉がピクリと動く。
「……そこまでの事なの?」
「あぁ。 誰にも見られたくないんだ、頼めるか」
望海は一瞬、公務員としての顔に戻り、困ったように頬を掻いた。
「……それは、窓口係の一存では流石に無理ね。 機密保持用の特別室はあるとは聞くけど――」
「――それなら、私が許可しよう」
背後から響いた、低く、芯の通った声。
振り返ると、そこには仕立ての良いスーツを完璧に着こなした男が立っていた。
緩めの天然パーマに銀縁の眼鏡、鋭い観察眼が悠馬たちを射抜く。
年齢は悠馬より少し上、身長は同じくらいだろうか。
「しっ、支部長!? なぜこちらに……っ!」
望海が弾かれたように直立不動の姿勢を取る。
「府後 清志だ。ダンジョン管理局 東京支部の支部長を務めている。……君たちが、噂の特級ホルダーパーティー『オグリ家騎士団』だね?」
府後は悠馬の目を真っ直ぐに見つめた。
その視線は、単なる好奇心ではなく、巨大な戦力を見極めようとする政治家のそれだ。
「今の話、聞こえていたよ。 機密が守られる特別な部屋なら、支部長室の奥にある部屋を提供しよう。 そこであればカメラも無いし、許可のない者は入れない仕様となっている」
「信用するとでも――?」
突然現れた男に、悠馬は当たり前に敵意をむき出しにする。
「信用しないのは最も――だが、現状を打破できる鍵を持っているのは私だ。――違うかね?」
「それもそうか……じゃあ、案内してくれ。 ただ、俺たちはその気になりゃ別の支部に持っていく事も出来る。 それに、おかしなことはするなよ……制御できるか、俺にも分からんからな」
悠馬は、肩越しに親指で背後に立つ3人を刺した。
「――心得ておこう」
続いて府後は、隣で固まっている望海に冷ややかな一瞥をくれた。
「……ところで、高梨 望海君。探索者の素材を受け取ったのちに、局員が私的に売却。 益を得るのは、明確な規約違反だ。」
静かに告げた、局長の声が望海の脳を揺らす。
「……ひぃっ!?」
望海の顔から血の気が引き、その場に膝をつく。
ボーナス補填計画が、支部長直々の「お叱り」で水の泡だ。
「そう堅いことを言うな。 ワシが勝手に約束したことだ、文句があるのなら、ワシが聞こうではないか」
「ド、ドレイヴンさん……」
涙目になる望海の頭を、ドレイヴンが雑に撫でてあやす。
その光景は、猛獣使いと猛獣の立場が逆転したかのようだ。
「それに、これはノゾミ殿の糧を守るため大事な事なのだ。 約束を違えよ言うのであれば――ワシにも考えがあるぞ」
猛獣の目が光り、府後を鋭く刺す。
「……とにかく、奥へ。 ここでは目立ちすぎる――」
府後は、管理局の奥深く、一般人では決して立ち入れない区画へ一行と促したその時――。
「……あいにくだが、その話は無しだ」
悠馬の一言に、府後は足を止める。




