58. 琥珀の指針、断罪の空へ
戦場は、もはや生物が立っていられる場所ではなかった。
上空のドラゴンゾンビが翼を振るうたび、腐敗の魔力を帯びた暴風が荒野を削り取り、視界を茶褐色の砂塵で埋め尽くす。
「おおぉぉりゃぁぁッ!」
急降下を仕掛けるドラゴンゾンビに対し、ドレイヴンが大剣を叩きつける。
凄まじい衝撃波が巻き起こり、巨体がわずかに浮き上がる。
その隙を逃さずアリスが踏み込むが、腐敗した鱗を掠めるのが精一杯だ。
ノーラの放つ氷柱と投げナイフも、鋼鉄以上の硬度を持つ骨格に弾かれ、虚しく火花を散らすのみ。
「悠馬お兄さん! 指示をお願いします!」
「悠馬様! 早く……早く最適解を!」
2人の悲痛な叫びが悠馬を刺す。
必死に『道標』を呼び起こそうとするが、網膜に映るのはノイズ混じりの虚無だけだ。
「ユーマ! 指示が出せぬなら攻撃に参加せよ! 遊ばせておく余裕などないぞ!」
ドレイヴンの怒号が飛ぶ。
ドレイヴンの言う通りだ。
案内できない案内人など、この死地では荷物でしかない。
悠馬が奥歯を噛み締め、腰の短剣に手をかけた、その時――。
『ドクンッ!』
心臓の奥底で、鐘を打ち鳴らしたような衝撃が走った。
衝撃は波紋となって全身を駆け抜け、悠馬の身体を物理的に跳ね飛ばす。
「……ッ!? なんだ、これ……」
直後、視界が塗り替えられた。
暗転した世界に浮かび上がったのは、これまでの細い線ではない。
根元が太く、天を突くほどに長い、眩いばかりの【黄色の矢印】。
それは先端に向かうほど鮮やかなグラデーションを描き、鋭利な錐のように研ぎ澄まされている。
悠馬が意識を向けると、その巨大な矢印は彼の意思に呼応し、自在に伸縮し、空間を泳いだ。
矢印の先が傍らの大岩に触れた瞬間、数トンはあるはずの質量が、まるで見えない手に弾かれたようにズレ動く。
(なるほどな……『導く』だけじゃねぇ。これは――)
「指示を再開する! ノーラ、合図で氷柱を3つ! 狙いは胸だ!」
「っ! はい!」
悠馬の声から迷いが消えた。
その覇気に、ノーラの指先に凝縮される魔力が一段と輝きを増す。
「ドレイヴンさんは一撃必殺の準備を。 今からあいつを叩き落とす!」
「何だと? 一体どうやって――」
「いいから、構えてろっ!」
戸惑いながらも、ドレイヴンは確信した。
悠馬が『何か』を掴んだことを。
大剣が黄金の光を放ち、臨界点に向けて、魔力が周囲の大気をパチパチと爆ぜさせる。
「最後に、アリス!」
悠馬は真っ直ぐにアリスの瞳を見た。
そこには恐怖を塗り潰すほどの、純粋な信頼が宿っている。
「今からやるのは俺も初めての事だ。どうなるか分からねぇが……信じてくれるか?」
「もちろんです! この命、預けます! 相棒ですから、エッヘン!」
最高の笑顔。
その覚悟を受け取り、悠馬は吠えた。
「行くぞ! 『純白色の断罪』だ!構えろ!」
悠馬はアリスの背後に視点を固定し、脳裏で【黄色い矢印】を固定させた。
「ノーラ! 魔法射出!」
3つの氷柱が上空のドラゴンゾンビの胸を打つべく直進する。
それを受け流そうと身を捩った瞬間、悠馬が叫ぶ。
「いくぞ! アリス射出!!」
「はいっ……!? って、えぇぇぇぇぇーーーーーっ!?」
アリスの悲鳴が空に響く。
悠馬の『射出』という宣言通り、黄色い矢印がアリスを物理的に『押し出した』のだ。
純白色に発光する大剣を構えたまま、アリスの身体は重力を置き去りにして、レーザーのような速度で上空へと打ち出される。
悠馬は視界の『黄色い矢印』を操作し、弾丸と化したアリスの軌道をミリ単位で制御。
一瞬でドラゴンゾンビの死角、その背後へと肉薄させた。
「アリス、やれえぇッ!!」
「いっけぇぇーーーッ! 『純白色の断罪』!!」
涙目になりながらも、アリスは渾身の力を込めて大剣を振り下ろす。
神聖な光を纏った一撃が、ドラゴンゾンビの背骨を叩き割る。
――ズドォォォォォンッ!!!
山が崩落したかのような轟音。
ドラゴンゾンビの巨体が地面に激突し、荒野の石畳がクモの巣状に砕け散る。
状況が理解できず、悶えながら再び飛び立とうとするドラゴンゾンビ。
だが、そこには既に『最強』が待ち構えていた。
「逃がすわけなかろうがッ! 腐れトカゲめ! くらえ――『剛勇王の断頭台』!!」
振り下ろされた黄金の一撃は、深層の濃密な魔素を全て喰らい、巨大な光の刃となって地表を埋め尽くした。
ドォォォッ!! という衝撃波が荒野を薙ぎ払い、爆心地の地形そのものを抉り取る。
土煙が数メートル先も見えないほどに舞い上がり、世界は黄金の残光に包まれた。
やがて、静寂が訪れる。
晴れゆく土埃の中、悠馬の視界にいつもの【青い矢印】が浮かび上がった。
その先にあるのは、勝利を祝福するように青白く光る脱出ポータル。
「……やったな」
新オグリ家騎士団、ドラゴンゾンビ討伐成功が確定した瞬間だった。
悠馬の隣で、アリスがへなへなとその場に座り込み、それをノーラが支える。
土埃の中で大剣を肩に担ぎ、満足げに鼻を鳴らしていたドレイヴンが叫ぶ。
「ユーマ! 先ほどのはどういう事だ!」
怒号にも似た、大声が主の間に響き渡る。




