表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦闘スキル無しの元・狂戦士。~案内人の男、最短の矢印で最強の異世界騎士団を導き現代ダンジョンを無双する~  作者: くるまAB
第3章:変革する日常と加速する世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/80

57. 不浄の覇王と聖域の断絶

「何が出てきても、ここで終了だからな」

「そう何度も言わんでもわかっとるわい! さっさと扉を開けるのだ!」


「分かってんならいいんだけどよ……行くぞ」


 深層も半ばまで来ただろうか、いつもより重厚な扉が、ギィィ――と音を立てて開かれる。


 石畳調の床が定番の主の間であるが、ここでは様相が変わっていた。


「なんですか、ここ。 まるで荒野みたいです」


 アリスはキョロキョロと周囲を見渡す。


 とこまでも続く地面と、大きな岩群……そして何より異様なのは空だった。


「暗雲立ち込める、といった所でしょうか」


 ノーラが空を見つめ呟く。


 空を埋め尽くした鈍色の雲が、今にも地上を圧し潰さんばかりの低さで垂れ込めている。


 その不自然なほどに静まり返った空は、これから起こる事象の全てを、隠そうとしているようでもあった。


 「全員、気を抜くな……。 ドレイヴンさん、家訓は一度忘れてくれ。 ここは全員で行くぞ」


 悠馬の緊張した言葉に、全員が武器を構える。


 その時、悠馬の視界に『赤い矢印』が明滅し始める。

 

「来るぞ! 全員後方へ飛べっ!」


 悠馬の叫びは、悲鳴に近かった。

 

 その異様な切迫感に、アリスとノーラが反射的に身を翻す。

 ドレイヴンさえも、その一瞬、悠馬の『正解』を信じて大剣を担ぎ直した。


 全員が後方へ飛び退いた、その直後。


 ――世界が、死の色に染まった。


 見上げた天には、汚れた灰汁あくをぶちまけたような、淀んだ鈍色の雲が渦を巻いている。


 陽光は完全に遮断され、陽を失った世界は、まるで巨大な怪物の胃袋に飲み込まれたかのように、じわじわと光を失っていく。


 その暗雲の中心から、『音』が降ってきた。


 声帯が腐り落ち、肺に穴が空いているような、生理的な不快感を伴う異音。


 咆哮と呼ぶにはあまりに無機質で、錆びた鉄板を爪で引き裂くような高音と、粘り気のある粘液が沸騰するような『……ギ、ガガ……ギギィィ……』という湿った音が、鼓膜をゴリゴリと削り取る。


 ドサリ、と。


 暗雲から、山のような『死』が地上に落ちた。


 ――ドラゴンゾンビ。


 山のような『死』が地上に落ちたというのに、その衝撃は音もなく砂地に吸い込まれた。


 立ち上がる土煙さえ腐臭を帯び、世界から一切の色彩が奪われていく――。


 肉の大半は削げ落ち、剥き出しになった骨格は、汚濁した魔力によって青黒く変色している。


 辛うじて残った皮膚は腐敗し、そこから這い出る蛆虫さえもが魔獣化している。


 顎を大きく割って、虚無と怨念が渦巻く空気を漏らしながら、その『不浄の覇王』は、目の前の生ある者たちを、冷徹な殺意で捉えた。


「(……なるほど。これが『特級深層』の、本当の姿ってわけか。)」


 悠馬の頬を、死の冷気が撫でていく。

 

 視界の端では、なおも【赤い矢印】が、生存確率の低さを突きつけるように、激しく明滅を続けていた。


 突然――空間そのものが爆発した。


 不浄の覇王が、腐り落ちた巨翼を真横に振り抜いたのだ。


 それは羽ばたきなどではない。質量と魔力を叩きつける『強襲』だった。


 荒野の岩群をつぶてに変えるほどの暴風が吹き荒れる。

 アリスとノーラがその風圧に顔を覆う中、ただ1人、暴風に逆らって突き進む影があった。


「やってくれるではないかっ!」


 ――ドレイヴンだ。


 彼は重力など無視したかのような踏み込みで、大剣を上段に構え直す。


 だが、その一撃が放たれる直前、ドラゴンゾンビは巨体に似合わぬ速度で垂直に舞い上がった。


 腐敗した翼から汚濁した魔力を噴射し、重力から解き放たれる。


 ドレイヴンが全力で振り下ろした大剣は、ただ虚空を断ち、地面に巨大なクレーターを穿つに留まった。


「降りてこい、この腐れトカゲがッ! ワシの剣が届かぬ場所で、いつまで羽虫の真似をしておる!」


 憤怒の声を上げるドレイヴンが、間髪入れずに指示を飛ばす。


「ノーラ、氷柱で羽を止めろ! アリス、聖光斬ホーリー・エッジで叩き落とせ!」


「「はいッ!」」


 ノーラが魔力を練り上げる、魔素の濃い深層ならではの巨大な氷の槍を射出する。


 同時に、アリスが白い魔力を大剣に宿し、以前より鋭く、高速の白い斬撃を放った。

 

 地上から放たれる『氷』と『聖光』の交差。


 並の魔物なら逃げ場を失う同時攻撃だが、ドラゴンゾンビは空中で身を捩り、物理法則を嘲笑うような機動でそれらすべてを回避した。


「チッ、埒が明かんな……」


 ドレイヴンが舌打ちし、大剣を青眼の構えに据える。


 彼は深く沈み込み、全身の筋肉をバネのように凝縮させた。

 彼が纏う魔力が、これまでの戦いとは比較にならないほど鋭利に、そして神聖なまでに純化していく。


「逃げるなら、その足を置いていけ――『聖域断絶ホーリー・ディヴィジョン』!」


 ドレイヴンが放ったのは、剣風ですらない。


 一筋の純白の閃光が、上空のドラゴンゾンビを一直線に貫いた。

 アリスの聖光斬が「光の刃」なら、これは「光の断裂」そのもの。


 ドレイヴン独自の解釈による、全てを断ち切るガードルド閃技における遠距離攻撃の頂点。


 ――グシャリ、と嫌な音が響く。


 閃光がドラゴンゾンビの左後脚を捉え、腐った肉ごと骨を粉砕して吹き飛ばした。


 千切れた脚が荒野に落ち、土煙を上げる。


 だが、それでもドラゴンゾンビは堕ちない。


 欠損した部位から汚泥のような血を流しながら、なおも不気味に空に佇んでいる。


 痛みを感じている様子はない。

 しかし、その虚ろな眼窩に宿る殺意が、より一層濃く、禍々しく変質したのを全員が感じ取った。


『……ギ、ガガガ……アァアアァァァッ!!』


 覇王の咆哮。

 それは鼓膜を突き破るような衝撃波となり、一直線に後方のノーラへと向けられた。

 ドラゴンゾンビが弾丸のような速度で降下を開始する。


 弱者から仕留めるのは戦場の定石、それは魔物とて同じであった。


「させんと言っておろうがッ!」


 ノーラの目前。

 ドレイヴンが雷鳴のような速度で割って入った。


 衝突の瞬間、ドレイヴンは大剣の腹を使い、ドラゴンゾンビの巨大な爪を最小限の動きで弾き飛ばす。


 ガギィィィンッ! と空間が震えるような金属音が鳴り響き、ドラゴンゾンビの巨体が大きく逸らされた。


 ドレイヴンが踏みとどまり、背後のノーラを完璧に守り抜く。


「……助かりました、御屋形様」

「礼は後だ。こ奴、先ほどより速くなっておるぞ」


 再び対峙する両者。

 その光景を見ながら、悠馬の背筋を冷たい汗が伝った。


「どうしたもんかね……こいつは」


 悠馬の声が、かすかに震える。


 ドレイヴンの武勇に安堵したわけではない。その逆だ。


 悠馬の視界には、現在、『矢印』が何1つ映っていなかった。


 最初の『赤』の警告以降、ぷっつりと途絶えてしまったのだ。


 生存へのルートを示す『青』も。

 死を告げる絶望の『赤』も。


 まるで、世界から「正解」も「不正解」も消えてしまったかのように、悠馬の瞳にはただ、荒野で暴れる死体竜の姿しか映らない。


「(この土壇場で沈黙とはね……。 それとも特級っていうのは、正解すら用意してくれないってことかよ……!)」


 案内人の指針が沈黙する。

 

 それは、悠馬にとって死を宣告されるよりも恐ろしい、「無」の恐怖だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ