56. 最強を制する最適解
「ぬおぉぉぉぉっおおぉぉぉーーーーーっ!!!」
真っ白な虚無の空間に、絶望の咆哮が木霊した。
目の前で、愛娘アリスが真っ2つに斬り殺される。
その無残な光景が、ドレイヴンの理性を粉々に粉砕していた。
消えた愛娘の残滓に代わり、立ち込める霧の中から姿を現したのは――。
「ユーマ……お主、何をしたのか分かっておるのか」
そこには、青黒い短剣を逆手に握り、冷徹なまでの静寂を纏って立つ悠馬の姿があった。
悠馬は返答しない。
ただ、逃げも隠れもせず、ドレイヴンの殺意を正面から受け止めて立っている。
「言い訳すらせぬとは……潔いというものよ」
ドレイヴンが天を仰いだ。
その瞳から光が消え、底知れぬ闇が広がる。
次の瞬間、漏れ出た言葉は、一切の慈悲を削ぎ落とした決意の塊だった。
「ふぅぅぅっ――――『お前を、殺す』!」
言い終えるや否や、ドレイヴンが爆発的な踏み込みを見せた。
大剣が描く軌道は、もはや「攻撃」などという生温いものではない。
大気が揺れ、空間そのものを引き裂きかねない暴風が悠馬を襲う。
先ほどまでの偽物とは比べ物にならない圧。
本物の「帝国最強」が振るう絶技に、悠馬の頬が剣圧だけで裂ける。
「(……マジで死ぬな、これ)」
悠馬は『青い矢印』が示す、極限の回避ルートのみに全神経を集中させた。
一瞬のミスが即、『死』へと直結する。
音すらしない異常な回避運動で、死地を駆け抜ける。
ドレイヴンの重厚な一撃が虚空を断ち、悠馬がその隙間に滑り込む。
攻撃に転じる余裕など一分もない。
ただ、生き残るためだけの、命懸けの綱渡り。
異なる技術の頂点が、白濁の空間で激突する。
その時――荒れ狂うドレイヴンの視界に、アリスの姿が映り込んだ。
「何っ……!?アリッ……」
一瞬、ドレイヴンの動きが止まった。
臨界点に達していた悠馬が、その刹那の隙を見逃すはずもない。
短剣を鞘に納めると同時に、悠馬はドレイヴンの懐へ潜り込んだ。
姿勢を低く保ったまま、後ろ回し足払いでドレイヴンの両脚を刈り取る。
地響きとともに尻餅をついたドレイヴンの背後に回り込み、その強靭な両腕を後ろに回して関節を完璧に極めた。
「ぐっ、うぐっ……ぐおぉぉーー!」
骨が軋む音も厭わず、ドレイヴンは悠馬を背負ったまま立ち上がろうとする。
人外の膂力が悠馬を跳ね飛ばそうとした――その時。
「お父様!」
「御屋形様!」
守るべき愛しい2人の声が、ドレイヴンの耳に届いた。
その声にドレイヴンの力が抜ける。
「……やっと、終わったか」
悠馬の、安堵の混じった溜息が聞こえた。
――――
「い、一体どういうことなのだ! ユーマ、説明してはくれまいか!」
霧が晴れ、全員が互いを視認できるようになった安地で、ドレイヴンは困惑した表情で悠馬に詰め寄った。
「この階層に入った瞬間『矢印』が出たんだ。それが俺の口元に向かって、チカチカ明滅しててな」
「ほう、それは何を意味するのだ?」
「『喋んな』ってことなんだろう。 俺が声を返そうとすると、より強く発光した。どうやらここは、『名を呼び、返答があった者の複製を作り出す』空間のようだ」
ドレイヴンが息を呑む。
「それで悠馬様は私どもの声に対し、沈黙を貫いていたと」
ノーラの問いに、悠馬は首を縦に振った。
「闇雲に喋って敵が増えるのも面倒だったからな。とりあえずアリスを見つけて……あとは、皆が見た通りだ」
「……なるほど。お主、やはり冴えておるな! がはははっ!」
ドレイヴンにバシバシと力任せに背中を叩かれ、悠馬はたじたじになる。
「でも、悠馬お兄さんは凄かったです! 偽お父様の首元をシュパッと切ったのです! 本当に、本当にかっこよかったです!」
両手を上げる無邪気なアリスの称賛に、一瞬で場の空気が凍りついた。
「……ほう。ユーマがワシの首を、取ったと……偽とはいえ、やるではないか。 のう、ノーラよ」
笑顔のまま、ドレイヴンの額からピキピキと青筋が浮かぶ。
「御屋形様。……悠馬様の実力は、控えめに言っても御屋形様に匹敵するかと。とはいえ、結果を目の当たりにしない限り、答えは出しかねますが」
ノーラの冷徹な肯定が、火に油を注いだ。
「そうか、そうか! そうであるか!! ……ユーマ、今すぐ構えよ。 結果を出そうではないか!」
「いやいやいや! なんでそうなるかな! さっさと次の階層に行くぞ、帰るまでが攻略だろ!」
悠馬の必死の叫びが、深層の通路に虚しく響き渡った。




