55. 相対する矛盾と最適解
主の間にて、脱出ポータルを前に男2人の怒号が響き渡っていた。
「だから、様子見って言っただろ! 今日の所は一旦帰るって言ってるだろうが!」
「ワシはもっと骨のあるやつと戦いたいのだ! これでは全く足らんぞ! 深層とはこの程度か!」
互いに譲る気はなく、話は平行線をたどる。
悠馬の慎重さと、ドレイヴンの戦闘狂な性質が真っ向から衝突していた。
「御屋形様、悠馬様。このままでは埒があきません。そこで折衷案がございます」
見かねたノーラが、氷のような冷静さで割って入った。
「なんだ、申してみよ」
「とりあえず次の主の間まで進む。 道中がどうであれ、主を倒したら必ず帰還する。……これでいかがでしょう」
これならば、敵の強弱関係なくドレイヴンは進めるし戦える、もし強者であればドレイヴンは納得できる。
悠馬も、次の主さえ倒せば帰れるという「終わりの約束」があれば我慢ができる。
「「……ノーラ(お主)がそう言うなら」」
2人はしぶしぶながらも納得。
脱出ポータルではなく、さらに深くへと、深層の奥へと足を踏み入れた。
――――
次の階層に入った瞬間、全員の視界が反転した。
目に映ったのは、上下左右の概念すら消失した『真っ白な空間』だった。
「なんだ、これは! 敵はどこにおるのだ!」
ドレイヴンは辺りを見回すが、敵どころか、背後にいたはずの3人の姿すら見えない。
「アリス! ノーラ! ユーマ! どこにおる! 聞こえておるか!」
「お父様! わたしは聞こえてます!」
「御屋形様! どちらにおられますか!」
姿は見えずとも、声はすぐそばで聞こえる。
だが、一歩踏み出しても距離が縮まる気配がない。
アリスもドレイヴン同様に、声を掛け2人から返事あった事で安堵する。
ただ、1人だけ返事が返ってこない者がいた。
「悠馬お兄さん! 聞こえてますか! 返事をしてください!」
「ユーマ! おらんのか!」
アリスとノーラの叫びは、無機質な白い虚無へと吸い込まれていく。
この異常事態にドレイヴンが「ここは一体……」と呟いたその時。
――凄まじい殺気が、背後から奔った。
ドレイヴンは反射的に大剣を振るう。
ガキンッ! と鼓膜を振るわせる金属音。
火花が散る至近距離で、ドレイヴンの大剣を受け止めていたのは――。
「アリス……!? ワシに剣を向けるとは何事か!」
戸惑うドレイヴンを、さらなる殺意が襲う。
床を這うように展開される氷結魔法。
逃げ場を奪うようにドレイヴンの足元が文字通り凍りつく。
「ノーラ……お主までも。一体どうしたというのだ」
ドレイヴンの視界には、大剣を上段に掲げ、冷徹な瞳で自分を見据える愛娘。
そして投げナイフを指に挟み、隙を伺う忠実な侍女の姿があった。
「まさか、正気を失っておるのか? ……混乱魔法か!?」
ドレイヴンの額に汗が滲む。
相手が魔物なら瞬殺できる。
だが、この2人相手に剣など振れるはずがない。
その事実こそが、最強の男を死地へと追い詰めていく。
――――
「悠馬お兄さん、みんな……一体どこに……」
一方、アリスは白い空間の中で孤独に震えていた。
唯一返事のなかった悠馬のことを案じ、アホ毛は萎れ、心細さに押し潰されそうになる。
常に導き、最適解を指し示してくれた悠馬の不在。
それが、これほどまでに恐ろしいとは思わなかった。
その時、身の毛もよだつ殺気がアリスを叩く。
本能のまま後方へ飛んだアリスの足元を、見覚えのある大剣が通り過ぎた。
――ブォンッ!
「お……お父様? 一体どうして……」
アリスの眼前に立っていたのは、わが父ドレイヴン。
横なぎの姿勢で止まったその目は、今まで一度も向けられたことのない、獲物を仕留める時の「真っ直ぐな殺意」に満ち溢れていた。
「どういう事なの……お父様に勝てるわけなんて無い。 なんで、分からない……悠馬お兄さん、助けて……」
大剣を構え、涙目で絶望に震えるアリスの肩に。
そっと、温かい手が置かれた。
――――
「アリス! ノーラ! 早く正気に戻ってはくれまいか!」
ドレイヴンは叫びながら、襲いかかる大剣とナイフ、氷結魔法を紙一重で回避し続けていた。
躱すことは容易い、さらには倒してしまうことも。
だが、こちらからは指一本触れることすら躊躇われる。
強制される一方的な防戦。
今まで全てを斬り伏せることで解決してきた彼にとって、これは地獄に等しい状況だった。
次第に回避のリズムが崩れることで、発生してしまった隙をアリス――の姿をした『何か』が、見逃すはずもなかった。
眼前で大剣が掲げられ、白銀の輝きを放つ。
「あれは……『剛勇姫の白銀葬』! まさか、物にしたというのか!」
娘の奥義を前に、ドレイヴンは剣を握る手に力を込めた。
だが、指が震える。
――斬るしかないのか。我が娘を。
今まで斬りたいものを斬り、守りたいものを守ってきたドレイヴンに、相反する決断が襲いかかる。
『守りたいものを斬る』
その矛盾がドレイヴンの決断を完全に停滞させた。
「くそっ! ワシはどうすればよいのだ!」
心の中で絶叫するドレイヴンの視界。
その目に映る、大上段から技を繰り出そうとしたアリスの体が、突然真っ2つに裂ける。
彼はただ、それを茫然と見届けることしか出来なかった。
――――
肩に添えられた手に気づき、アリスが振り向くと。
「ゆう――むぐっ!」
自分の口に手を押し当てているのは、悠馬だった。
悠馬は自分の唇に人差し指を立てつつ、アリスの口を塞ぐ。
その視界には、冷静に状況を見極める【青い矢印】が浮かんでいた。
「(騒ぐな。……全部『偽物』だ)」
無言の意図を理解したアリスが、コクコクと必死に頷く。
悠馬はアリスの口から手を離すと、青黒い短剣を抜き放ち、眼前の「偽ドレイヴン」と対峙した。
そのまま、空間の奥から出てきた「偽ノーラ」へ構えるよう、指先で指示を出す。
悠馬 対 偽ドレイヴン。
アリス 対 偽ノーラ。
特級ダンジョンの悪意が生んだ、あり得ない対戦カード。
戸惑うアリスを置き去りにして、偽ノーラの氷結魔法が襲いかかる。
(やるしか……ない!)
アリスが必死に攻撃をいなしつつ、横目で悠馬を追う。
そこには――父ドレイヴンと、互角以上に渡り合う悠馬の姿があった。
旋風を巻き起こす大剣の連撃を、悠馬は紙一重の制動で躱し、その合間に反撃を叩き込む。
躱すたびに一つ、また一つと、偽ドレイヴンの体に深い傷が刻まれていく。
やがて、全身が傷に覆われ、膝を屈した偽ドレイヴンに対し、悠馬が勝負に出た。
【青い矢印】が示す、唯一の必勝ルート。
悠馬は大剣の死角を滑り抜け、懐に潜り込むと――。
一閃。
喉元を切り裂く、鮮やかな横一文字。
偽ドレイヴンの首から血が溢れるかと思いきや、その体は霧となって霧散した。
戦闘を終え悠馬はアリスへと振り替えると、そこには偽ノーラの姿は無かった。
(やったか)
無言のまま、2人は深く頷き合う。
悠馬の瞳には、まだこの階層の主が作り出した『呪い』の残滓が映っている。
――次は、今もどこかで「偽物の家族」と戦い続けている、ドレイヴンを救う番だ。




