54. 帝国最強の台風
「がはははっ! 退け退けぇい! ワシの道を遮るなど、万死に値するぞ!」
それはもはや「攻略」という言葉が生ぬるい、一方的な蹂躙だった。
特級ダンジョン深層。
本来なら一歩進むごとに命を懸け、慎重に罠を解除して進むべき魔境を、ドレイヴン・フォン・ガードルドという名の台風が猛烈な勢いで爆走していた。
遭遇した最初の敵は、巨大な鎌を持つ『デス・スコーピオンゾンビ』の希少種だ。
鋼鉄をも容易く切り裂くその尾がドレイヴンを急襲するが、彼は足を止めることすらない。
「邪魔だ!」
無造作に振るわれた大剣の一閃。
それは「斬る」というより、圧倒的な質量で「押し潰す」に近い。
デス・スコーピオンゾンビは、硬質な甲殻ごと一撃で粉砕され、紫色の体液を撒き散らして消滅した。
「……なぁ、ドレイヴンさんって、本当に人間か?」
悠馬は、返り血1つ浴びずに突き進むドレイヴンの姿を後ろから見ながら、思わずつぶやく。
爆風のような剣圧が通り過ぎた後の道には、魔物の残骸すらまともに残っていない。
「ふふっ、さすがはお父様です! 剣豪貴族の名は、伊達ではないのです!」
アリスが目を輝かせて賞賛すれば、隣のノーラは当然だと言わんばかりに胸を張る。
「当然です、悠馬様。ガードルドの家名を背負う者が、この程度の雑魚に手間取るはずがございません」
その間にも、ドレイヴンは次の獲物を見つけていた。
今度は実体を持たない『レイス・ナイト』の群れ、これも希少種のようだった。
物理攻撃を透過させ、精神を凍らせる冷気を放つ厄介な霊体。
悠馬が「そこは魔法か、剣技で――」と声を上げようとした瞬間、ドレイヴンが左の拳を力一杯握りしめた。
その拳に、眩いばかりの『白の魔力』が渦巻く。
「ぬんっ!」
爆音と衝撃波が響き渡る。
ただの正拳突きが霊体の中心を捉えた瞬間、透過するはずのレイスがガラス細工のように粉々に砕け散った。
「……いや、待て。ゾンビはわかる。 だが霊体をどうやって殴り倒してんだよ?」
悠馬の常識が音を立てて崩れていく。それに対し、ノーラが淡々と解説を入れる。
「簡単なことです。拳に魔力を凝縮させ、霊体そのものの構成を力技で崩壊させているのです。要は、消滅するまで殴ればよいのです」
「……消滅するまで殴るって、どこの常識だよ」
ドン引きする悠馬を置き去りにして、ドレイヴンの暴走はさらに加速する。
「おぉ、これは良い素材ではないか? ユーマ、これも貰っていくぞ!」
ドレイヴンは腰のホルダーを掲げ、希少な素材を次々と吸い込んでいく。その手際の良さは、もはや掃除機だ。
悠馬はふと、転がっている牙や角の形状を見て息を呑んだ。
(待てよ……さっきから瞬殺されてる奴ら、全部『希少種』じゃねえか。通常の個体より遥かに強いはず――これが深層か。 ただ、ドレイヴンさんにかかれば、ただの魔物だな……)
爆走すること、わずか数刻。
一行はあっという間に、深層最初の「主の間」へと辿り着いてしまった。
巨大な扉の先にいたのは、全身が黒い鎧のような皮膚に覆われた『オーガエンペラーゾンビ』の希少種。
その威圧感は凄まじく、周囲の魔素が重く沈むほどだ。
「おい、ドレイヴンさん! あれは流石にマズい。全員で連携して――」
「ユーマ! ワシに任せろと言ったはずだ! ガードルド家に二言はない!」
ドレイヴンは悠然と歩みを進める。
オーガエンペラーが咆哮し、地面を砕いて突進してくるが、彼は眉1つ動かさない。
「お主、なかなかの気配を持っとるな。……だが、足りんよ。 ワシの敵ではない」
その瞬間、悠馬の視界に【赤い矢印】が出現し、激しく警告を発した。
天井の死角。
ドレイヴンを確実に仕留めるべく、巨大な鋼鉄の矢が放たれる予兆だ。
「ドレイヴンさん! 上だ! 避け――」
悠馬の叫びと同時に、ドレイヴンが動いた。
「……ふんっ!」
袈裟斬り一閃。
あまりに速く、重い一撃がオーガエンペラーをその巨躯ごと、さらに背後の岩壁までをも真っ2つに両断した。
そして、直後。天井から音を置き去りにする速度で放たれた巨大な矢。
ドレイヴンは振り向きもせず、空いた左手の裏拳を、飛来する矢の先端に叩きつけた。
ガキンッ! という鼓膜を劈くような金属音が響き、鋼鉄の矢がまるで乾いた枝のように木っ端微塵に粉砕される。
「ふむ、これでおしまいか? 少しばかり期待外れであったな」
ドレイヴンは血も付いていない大剣を鞘に納めると、真っ先にアリスの方を向き、「どうだ」と言わんばかりに胸を逸らした。
「お父様、素晴らしいです! ガードルド閃技ここにあり!ですね!」
「さすがは御屋形様。お見事な一撃でした。あのような玩具、御屋形様の皮膚を傷つけることすら叶いません」
娘と侍女の称賛を浴び、ドレイヴンは「がははっ!」と鼻高々に上機嫌だ。
一方、悠馬は折れた矢の残骸を拾い上げ、指でその硬さを確かめて愕然とする。
(……これを裏拳で粉砕? というか、俺の『矢印』の警告が意味をなしてねえ。避ける必要すらないってことかよ……)
案内人(悠馬)の専門知識も、ダンジョンが用意した悪意ある罠も。
帝国最強の圧倒的な暴力によって、文字通り更地にされた瞬間だった。
「……このままじゃ、マジで俺、ただの荷物持ち(ポーター)になっちまうぞ……いや、アレ(ホルダー)があるから、ポーター以下か……」
様子見だった特級ダンジョン深層は、このまま攻略へと流れを変える。
ただ、一筋縄ではいかないのが特級ダンジョン。
より深く潜るには、より深い闇を超えなければならない――。




