52. それぞれの『壁』
「…………っ!」
鼓膜を突き破るような爆音と、肌を焼くような熱風。
反射的に目を閉じた望海が次に意識を取り戻したとき、視界を占めていたのは、焦げ茶色の布地――悠馬の胸板だった。
爆発の直後、悠馬が彼女を抱き寄せるようにして地面に伏せ、その身を挺して庇っていたのだ。
(え……なに、これ……)
重なる体温。
耳元で聞こえる、悠馬の少し荒くなった呼吸。
自分を包み込む逞しい腕の感触に、望海の思考は一瞬でショートした。
「……おい、生きてるか。怪我はねぇか」
上からのぞき込む悠馬の瞳が、いつになく真剣で、至近距離で合う。
煤で汚れてはいるが、その表情には案内人としての、あるいは1人の男としての、獲物を守るような力強さがあった。
「あ、だい、じょう……ぶ……っ、じゃない! 何これ、何が起きたのよ!?」
混乱のあまり、悠馬のシャツを掴んだまま叫ぶ望海。
慌てて体を離し、震える指先で背後を指差す。
そこには、数分前まで「最新鋭の測定器」だった無惨な鉄屑が、夕立のような火花を散らしながら黒煙を上げていた。
「がははっ! 意外と脆いものだな、この箱は」
煙の中から、煤1つ付いていない顔でドレイヴンが悠然と歩み寄ってくる。
「……終わったのは、私の平穏な公務員生活よ……ッ!」
悠馬に抱きしめられた余韻で顔を赤くしているのか、それとも目の前の惨状にブチ切れているのか。
望海は真っ赤な顔をしながら、拳を握りしめ地団駄を踏む。
――――
オグリ家騎士団は望海から、ロビーで待機を命じられ、おとなしく移動を開始する。
「もう!お父様はやりすぎなのです! 少しは加減というものを……」
「いえ、御屋形様の行いは非の打ちどころのないものでした。 まさに傑物、私はガードルド家に仕えられる事を誇りに思います。」
「がははっ! そうであろう、そうであろう! ちょっと、握りこぶしを作る程度の力みで壊れるとはのう! まさに脆弱、脆弱よ!」
ロビーでも相変わらずの3人、もはや周囲は完全に距離を置いている。
それは、悠馬も同じであった、少し離れた場所でコーヒーを啜っている。
「悠馬! ちょっとこっち来なさい!」
突然、窓口から声がかかる。
悠馬が向かった窓口には、目のクマがどす黒く、ぼさぼさ頭の望海がいた。
「お、おぅ。 大丈夫か?」
「あんたねぇ、どこをどう見たら大丈夫なのよ。 ……支部長からのお説教と、研究部からの質問攻め、たった10分そこらの出来事とは思えないわ。 そりゃ老け込むってもんよ」
「そ、そうか。 大変だったんだな」
「『大変だったんだな?』ですって……? よくそんな言葉が出るわね! 元はといえばあんたのせいじゃない! 変なのばっか連れてきて! あんたのせいで私の冬のボーナスが吹き飛んだのよ! どう責任取ってくれるつもり? ねぇ?」
凄まじい責任転嫁だが、悠馬には宥める言葉が見つかず困っていると。
「ノゾミ殿、一体どうしたのだ。 うら若き女子がそのように喚くなど、ワシでよければ力になろうではないか」
「はぁ? アリスさんのお父様といえど、言わせても貰うわよ……そもそも、あんたが……」
「ストォーーーーップ! 一旦落ち着こう! な!」
悠馬は2人の間に割って入る。
そもそも、ドレイヴンの日本での初戦が、局員など笑い話にもならない。
そこで、悠馬は望海に確認するように言葉をかける。
「望海! ドレイヴンさんは、特級に行ってもいいんだよな?」
「……そうよ。 だから何……。さっさと視界から消えなさいよ。 さもないと、あんたらのデータ消すわよ」
(駄目だ、完全にブチ切れモードに入ってやがる。 ――こうなったら)
「いや~、入れるならよかった! ドレイヴンさんがお前に迷惑かけたからって、『特級ダンジョンの素材を売ったお金を望海さんに渡す』って、譲らないんだよ~」
「……それ、本当なの?」
望海の目が光るのを、悠馬は見逃さなかった。
「ほ、ほんとだって! だから『入れたらいいね』ってアリスも、なぁ!アリス! ノーラも!」
「望海さん!その通りです! お父様も『壊しちゃってごめんなさい』したいって言ってました!」
「望海様。 主の失態に関し、私からも心からの謝罪を申し上げます」
「……額なの?それ……」
「ん? なんだ、望海?」
「売却額、……『経費を差し引かない総取りの全額』かって聞いてるのよ。――正直に答えなさい」
思考を焼き切るほどの分水嶺がここにある。
だが、ダンジョン外で発生するとは、さすがの悠馬も想像できなかった。
「も、もちろん全額に決まってるじゃないかぁ! なぁ、ドレイヴンさん!」
「ぬっ! さっきから何のはな――グホォッ」
アリスからの強烈な肘打ちをくらい、悶えるドレイヴンをよそ目に悠馬は更にまくしたてる。
「それでな! アリス達と温泉旅行とか行ったらどうだ? 冬の下呂温泉とか最高だぞ! 雪なんか振ったりして! 露天風呂でお酒飲みながらなんて最高じゃないか! ダイジョーブだって、その費用くらい売却額でおつりが来るどころか、旅館貸し切れちゃうってもんよ!! 全てはドレイヴンさんにお任せだ!」
冷や汗全開で徹底的にフォローし、捲し、囃し立てる。
その時、下を向いていた望海が顔を上げる。
その顔は、恐ろしいほどに晴れやかだった。
「パァァッ」と、背後に文字でも出るのではないかと悠馬は錯覚する。
「いやぁ~、私も声を上げるなんて大人げなかったわ! さぁ、オグリ家騎士団は特級ダンジョンへ向かうといいわ! 私の――ボ、じゃなくて!人類の未来のために! わぁーっははははっ!」
椅子の上に立ち、満面の笑みで出口を指さす望海の目は『$』マークになっていた。
「お、おう。 じゃあ早速行ってくるよ。――よし、みんな早く行くぞっ! ほらっ!」
慌てて踵を返すオグリ家騎士団を、望海が呼び止める。
「ちょっと待って!」
「ま、まだ何かあるのか……?」
「あやうく忘れるところだったわ! ドレイヴンさんは単独でも特級ホルダーになったから、1人でもダイブしてOKよ!」
目が$マークのまま、望海は渾身のサムズアップを決める。
いまだ、ゼロ人と言っていた『管理局のお墨付き』
1人目は、まさかの異世界人だった。
「そ、そうか……ありがとう。 じゃあ行ってくるわ」
望海を圧を背中に感じながら、オグリ家騎士団は管理局を後にした。
特級ダンジョン『虚無の門』 入口――。
「さて、いろいろあったが早速ダンジョンへ入ろう」
「さっきの望海さん、朝の悠馬お兄さんくらい怖かったです……」
「えっ? 俺、あんなだったか?」
「私も台所から見ておりましたが、怒気に色がついていたような気がします」
「そっかぁ、それはすまんかったな……まぁ、俺にもいろいろあるんだ」
悠馬はポリポリと頭を掻き、今朝の事を詫びる。
「ユーマよ! そんな事よりさっさと行こうではないか! さっさと、マグノリア達に連絡せんと、あやつら心配しておるだろうからな」
「それもそうなんだが、ちょっと問題があるんだ。 ドレイヴンさんは下層までスキップ出来ないから、俺達と上層1階からダイブしなきゃいけない」
地下へと飛ぶ『転移装置』は探索者章に記録される。
その為、ドレイヴンは1層からの攻略となる。
「そうなのですね! では、お父様! わたし達と一緒に行きましょう!」
「悠馬様がいれば、下層までは直ぐでごさいます。 私もお供しますゆえ」
「ぬぅ……」
「ドレイヴンさん、どうした? さっさと進むぞ」
3人の言葉にドレイヴンは、顎に手を当て答えを探している。
「ユーマよ、ワシはノゾミ殿の報償ために『魔物の素材を集めて売る』。 そして、その金を渡さねばならん。 そうだろう?」
「あぁ、そうだな」
「お主らは、ワシが居なければ、昨日の続きから始められる。 ここまで合っておるか?」
「そうだ。 だから時間が勿体ない。 早く行くぞって」
「時にユーマよ。 ……ワシらと出会った、下層とやらまでは通常どのくらい時間がかかる?」
ドレイヴンの予想だにしない質問に、悠馬は頭を悩ます。
「そうだな、1流の探索者で数カ月から1年ってことじゃないか? もしくはそれ以上、果ては辿り着けない可能性まであるな」
「そうではない、おぬし等の事を聞いておるのだ」
「ん? ……そういう事なら、半日かな。 何も考えず3人でぶっ飛ばせば6時間ってとこだ」
まさに規格外のパーティーであった。
人類未踏破の層まで、予想で6時間――。
今回の攻略時間について、望海は追及しなかったが、正に奇跡の所業であった。
「では……3、いや2時間だな」
「ん? 何が2時間なんだ?」
「ワシが入ってから2時間後に、その転移装置とやらで昨日の場所まで来るがいい。 ワシもそこまでたどり着いてやろう」
「えっ?」
悠馬の思考が止まる。
自分たちでさえ、後先考えずで6時間――しかも、ちょっと盛ったのは内緒だ。
「いやいや、さすがに無茶だって! 一緒に行くぞ!2人も何か言ってくれ!」
悠馬は、アリスとノーラに助けを乞う。
「さすがはお父様です! 雄姿を見られないのは残念ですが、下層からは一緒に頑張りましょう!」
「御屋形様。 きっとお待たせしてしまう事と存じます。 我々は2時間後に合流いたしますゆえ、しばしお待ち頂ければ幸いです」
「がははっ! お主らはメシでも食ってから、ゆっくりと来ればいい! さて、準備運動と行こうかの!」
両手を振り回し、ダンジョンへと入っていくドレイヴン。
悠馬は「まじで、大丈夫かよ」と、その背中を見届ける。
――――
2時間後、転移装置で『下層 主の間』の次の階、すなわち深層へスキップした3人の目に映るのは――。
強烈な魔素の中、見たこともない素材たちが、文字通り「ゴミ」のように積み上げられていた。
さらに驚愕したのは、その「宝」の山の頂上で、腕を組んで高いイビキをかきながら、仮眠を貪るドレイヴンの姿だった。
「……本当に1人で来たのかよ。 しかも俺達より早く。……何なんだ、このおっさんは……」




