46. 境界を越えた最強の共鳴
網膜に焼き付いた『黄金の矢印』に従い、ドレイヴンが放った一撃。
それは、重く、鋭く、そして一片の迷いもない必殺の一閃であった。
『黒い死神』は、断末魔の叫びを上げる暇もなく完全に霧散した。
後に残されたのは、静寂と、微かに漂う焦燥の匂いだけだ。
その事実を噛み締めるように、ヴァレンタインが低く呟いた。
「終わったわね……やっと。……しつこい死神だったわ」
「ほ、本当ですか! ヴァレンタイン様! もう、出てきませんか……!?」
アイリが、縋るような瞳でヴァレンタインに確認する。
彼女の小さな肩は、安堵と疲労で激しく上下していた。
「ええ、間違いないわ。魔力の残滓を計測するこの魔道具が、はっきりと『完全消滅』を告げているもの。 塵1つ、残っていないわよ」
その言葉を聞いた瞬間、アイリの瞳にパッと輝きが戻った。
「やりました! 辺境伯様! 団長! ヴァレンタイン様! 終わったんです! 私の背骨……私の背骨が、ついに危機を乗り切りましたぁっ!」
「アイリ……全く、お主はブレないというか、なんというか……」
「まぁ、良いではないか。新人とは思えぬ働きであった事は事実だ」
ドレイヴンはゆっくりと振り返り、3人へと近づく。
「――御屋形様、お見事で御座います。まさに英雄譚の一幕を見ているようでした。 このマグノリア、言葉も御座いません」
マグノリアは、ボロボロになった大剣を鞘に収め、深く首を垂れた。
「……ふん。お主らもよくやってくれた。此度の働き、帝国広しと言えども、まさに一級品であったぞ。誇りに思うが良い」
「「ありがたき幸せに存じます!」」
主からの忌憚なき賞賛に、マグノリアとアイリは身を引き締める。
ドレイヴンは無愛想ながらも、その視線をヴァレンタインへと向けた。
「ヴァレンタイン……お主もだ。よくやってくれた。心からの礼を言わせてくれ」
感謝の念を伝えようとしたドレイヴンだったが、ヴァレンタインはその言葉を手で遮り、不敵に口角を上げる。
「そういう、しみったれたのはよしとくれ。礼なら――『今から』頂くわよ」
彼女の視線の先には、死神が這い出てきた、微かに揺らめく『空間の裂け目』があった。
今にも消えそうな空間の断裂。
それはこの世のものとは思えない奇妙な色彩を放ち、不安定に脈動している。
「『礼』だと……。確かお主の望みは、『異世界への切符』だったか」
「そうよ。……そして、その切符は『この先』にあるわ」
ヴァレンタインは空間の裂け目を指差し、怪しく、けれどどこか楽しげに微笑んだ。
その言葉の意味を理解した瞬間、ドレイヴンの顔色が劇的に変わる。
「な、なんだと……!? では、この先に……この先に、アリスとノーラが居るというのか!」
「さあ……どうかしらね。ただ、2人の魔力の残滓が、この裂け目の向こう側と強く繋がっていることだけは確かよ。今なら、まだ道は繋がっているわ」
「な! なんだと! それを早く言わんか!」
ドレイヴンは、ヴァレンタインの説明が最後まで終わるのも待たなかった。
「アリス! ノーラ! 待っていろ! 今、パパが! ――ゴホンっ! ワシが助けてやるからな!」
つい先ほどまで、満身創痍で動けないと言っていたのが嘘のような爆発的な踏み込みで、ドレイヴンは大剣を担ぎ直して駆け出した。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 安全かどうかも確認してから……って、聞きなさいよ、この脳筋辺境伯!」
ヴァレンタインも慌てて、ドレイヴンの後を追うように駆け出す。
「ヴァレンタイン殿! 御屋形様! 一体どうされたのですか!」
「あなた達はちょっと待ってなさい、あのバカ連れて直ぐに戻るわ!」
あまりにも唐突な2人の行動に、マグノリアが戸惑い声をかけるが、熱り立ったドレイヴンの耳には届かない。
2人の姿は、不安定に揺れる空間の断裂と共に、吸い込まれるように消えていった。
――――
「……なんだ。あれは。……人影か?」
少し砂埃が落ち着いてきた、特級ダンジョン下層 主の間。
自分たち以外の人間が存在するはずのないその空間で、悠馬は異変をいち早く察知し、叫んだ。
「全員、臨戦態勢! まだ……終わっていないぞ!」
その言葉に、緩んだ空気を再度引き締め、即座に戦闘モードへと切り替える。
『白い死神』の復活か、あるいは未知の新手か。
悠馬は神経を研ぎ澄ませるが、そこで1つの奇妙な事実に気づく。
(なぜだ……『矢印』が出ない!? 奴らに、殺意も危険もないってことなのか?)
その時、アリスが一瞬、大きく身震いした。
「アリスお嬢様! 大丈夫ですか!?」
「どうしたアリス! 何か感じたか!」
「はい……最近はなかった寒気が……なぜか今、強烈に……っ!」
アリスのアホ毛がみるみる萎れ、顔色が青白くなっていく。
かつて帝国で彼女が「お父様」の接近を察知していた時と同じ、あるいはそれ以上の予兆。
「くそっ! 一体何が来るんだ!」
砂埃が晴れるまで、あと数秒。
姿さえ見えれば、やりようはある。鬼が出るか蛇が出るか――。
直後、人影の1つが爆発的な速度で動き出した。
それは加速し、地面を穿ち、一直線にこちらへ向かってくる。
「来るぞ! 指示を聞き洩らすな!」
悠馬が青黒い短剣を構えた瞬間、砂埃の中から飛び出してきたのは、豪華な装飾が施されたフルプレートに身を包んだ巨漢だった。
「パパッ!?」
「え!? パパ?」
アリスの場違いすぎる絶叫に、悠馬は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「アリス! ノーラ! どこだ! ワシが助けに来たぞぉぉ!!」
まさに一心不乱。
周囲の状況など一切目に入っていない様子で、ドレイヴンが突っ込んでくる。
悠馬の真横をドレイヴンが通り過ぎた瞬間、新幹線の通過待ちをしているような凄まじい風圧が悠馬を襲った。
「おおお! 2人とも無事であったか! アリス! ケガはないか!? どこか痛むところはないか!? お腹は空いていないか!?」
「あ、あの……お父様。嬉しいですが、鎧が悲鳴をあげているので……離してくださいっ」
ドレイヴンの規格外な抱擁を受け、アリスの頑丈なフルプレートがミシミシと不穏な音を立てる。
「おお! それはすまんかった。……そしてノーラ! アリスの傍にいてくれてありがとう。流石はワシが選んだ従者よ!」
「もったいなきお言葉。私は自分の仕事を全うしたまでに御座います、御屋形様」
「がははっ! お主は相変わらずだな!」
主人の登場にも動じることなく、いつものように優雅に振る舞うノーラ。
そこでようやく、ドレイヴンは「娘を攫ったかもしれない不届き者(悠馬)」の存在に気づき、表情を一変させた。
「さて……そこの男。貴様は何者だ。――名乗れ、名乗らぬならば……斬る!」
ドレイヴンはアリスとノーラを庇うように立ち、その巨大な大剣の切っ先を悠馬の喉元へ向けた。
その威圧感は、つい先ほどの死神を凌駕するほどだ。
「……そいつは丁寧なご挨拶だな。 俺は小栗悠馬。 こいつらがこっちに来てから、縁あって面倒を見てる」
「面倒を……? 本当なのか、2人とも」
「そうです、お父様! 剣を下げてください! 悠馬お兄さんは味方です、とっても良い人なんです!」
「アリスお嬢様の仰る通りです。 悠馬様に出会わなければ、私共は今頃どうなっていたことか……」
2人の弁護にドレイヴンは、肩の力を抜いた。
「そ、そうか……お主らがそこまで言うのであれば。……オグリ・ユーマ殿だったか、すまなかった。無礼を詫びよう。 そして、2人を保護してくれたことに最大限の感謝を」
「ああ。それに関しては俺の都合でもあったんだ、気にしないでくれ。それと悠馬でいい」
互いに歩み寄り、ガッシリと握手を交わす。
日本の案内人と帝国の辺境伯、2つの「最強」が次元を越えて繋がった瞬間だった。
「さて……ここが『異世界』ってやつだね。なかなかに暗くて湿っぽい場所じゃないか」
遅れて砂埃の中から、興味津々な様子でヴァレンタインが姿を現す。
「登場人物が増えやがった……異世界人ってのはニコイチなのか。全く、勘弁してくれよ」
悠馬はポリポリと頭を掻きながら、天井の向こうの虚空を見つめた。
今日という日は、どうやら寿司を食うまでに、まだ一波乱も二波乱もありそうだった。
お読みいただきありがとうございます!
別々に進んでいた帝国編と日本編が、ついに1つの接点で結ばれました。
アリスの「パパッ!?」という叫びから始まる怒涛の合流劇。純粋な「親バカ」パワーの前に、さしもの悠馬もタジタジですね。
ヴァレンタインも加わり、役者は揃いました。新宿の地下で交錯する2つの世界、その先に待つものとは――。
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