45. 【日本・現在】相棒の資格
視界の端『黄金の矢印』が、死神の懐へと吸い込まれて消えた。
それが何を意味するのか分からない。
「……っ、ああもう! あと少し、あと数センチが届かないっ!」
もどかしさにアリスは叫ぶ。
黄金の矢印が指し示す先は、常に勝利への最短距離――『最適解』だ。
しかし、かつて『狂戦士』として戦場を蹂躙した悠馬の身体能力を基準としている。
魔力も残り少なく、満足に身体強化も出来ないアリスにとって、時に過酷な足枷となった。
(身体が……ついてこないっ!?)
弱体化しているはずの死神だが、その防御は驚くほどに硬い。
白い法衣を翻し、急所への一撃を徹底的にはじき返していく。
その無駄のない動きを打ち破るには、あと数センチの踏み込み、あとコンマ数秒の加速が足りない。
焦りがアリスの動きを最適解から引き離していく。
魔力は底を突きかけ、この世界の薄い魔素では内面を埋めることはできない。
背後には、守らなければならない2つの命。
その事実が、アリスの心をさらに追い詰めていった。
――その時だった。
死神の背後、虚空の裂け目から「何か」が溢れ出してきた。
宝石を砕いたような、か細くも見える白の魔力。
それは紛れもなく、白魔法発動時に発生する魔力そのものだった。
アイリが遠く離れた地で魔石を叩き込み、必死に再起動させた魔道具の余光――騎士としての執念が、次元の壁を穿って副団長へと届いたのだ。
「これは……帝国の魔力? どうしてここに……」
唐突に現れた、白い魔力。
それは弱々しく、けれど驚くほどに濃厚で、懐かしい「香り」を纏っていた。
なぜ今、この場所に帝国の魔力が届いているのか。
戸惑うアリスだったが、その懐かしさが彼女の魂に火を点ける。
「考えていても仕方ありませんね。この魔力があれば――行けますっ!!」
理由は分からずとも、その「助け」を受け入れた。
白い粒子を全身で吸収し、空っぽの魔力回路を強引に満たしていく。
身体強化――最大。
アリスの全身が、純白の閃光を放ちながら激しく発光した。
迷いの消えた動きが、再び『黄金の矢印』を捉える。
大剣を構え、ひと筋の閃光となって一気に駆け出した。
1撃、2撃――。
その姿は美しく、まるで王宮で舞う演武のようでありながら、その一閃は、重ねるごとに死神を確実に追い詰めていく。
徐々に矢印の明滅が高速化し、限界を超え――勝利の道標が一点を指し示し、強く輝く。
「これで決めます! アリスリア・フォン・ガードルドの名に懸けて!」
今まで成功したことのない、実戦で初めて繰り出す秘技。
父が振るう剛腕の処刑道具ではなく、自らの光で葬り去るための白銀の刃。
今ならできるという確信が、アリスの腕に宿っていた。
「いっけぇぇーーっ!! 『剛勇姫の白銀葬』!!」
ズ、ズゥゥウウウゥゥウンッ――!!
ドレイヴンの「剛勇王の断頭台」と同等以上の破壊力を繰り出したアリスの一撃は、死神の『核』を、その実体ごと、概念ごと一刀両断に切り伏せた。
純白の爆発が広間を呑み込み、『白い死神』は塵ひとつ残さず消滅した。
舞い上がる砂埃が、静かに広間へ降り積もる。
アリス渾身の『剛勇姫の白銀葬』は、完膚なきまでに『白い死神』を消滅させることに成功した。
「や、やった……! やってやりました……!」
消滅をその目で確認した瞬間、アリスは糸が切れた人形のように、その場にぺたんとへたり込んだ。
「アリスお嬢様、お見事です。 流石は私の主」
「ノーラ……。って、動いて大丈夫なのですか!?」
いつもと変わらぬ優雅な足取りで近づいてくるノーラ。
その足取りは軽く、先ほどまでの絶望的な衰弱が嘘のようだ。
「ええ。懐かしい魔力を感じたので、少しばかり取り込んだところ、この通りで御座います」
ノーラもまた、アリスが受け取った「白い魔力」の恩恵にあずかり、魔力回路を強引に修復していたのだ。
「なるほど! ノーラの回復魔法も白魔法系統ですから、相性が良かったのですね!」
「仰る通りです。……さて、お嬢様。そろそろ軍師様をお迎えに行きましょうか」
「軍師様……? あっ! 悠馬お兄さぁぁーーーん!!」
アリスは慌てて、壁際で倒れたままの男のもとへと駆け出した。
「……さては、忘れてたな」
ゆっくりと体を起こし、泥と埃を払いながら、悠馬が悪態をつく。
「わ、忘れてなんか……いませ、んよ。ええ、もちろん!」
「お前、目が泳いでるじゃないか。……はい、お前は今日の晩飯抜きな。ノーラ! 今日は寿司だ、寿司!」
「スシ……。何やら甘美な響きですね。喜んでお供させて頂きます、悠馬様」
「おうよ。もちろん、レーンの流れてない『回らないヤツ』だ」
アリスを完全に置いてけぼりにして、2人は晩飯の話で盛り上がり始める。
「もーー! ズルいです! 私だって『すし』食べたいですぅ!」
抗議するアリスの頭上で、アホ毛が萎れたりピンと伸びたりと忙しなく動き回る。
「そうだ! 最後に倒したのは私なんですから、その罰はチャラです! というか、もっと褒めてくださいよ! エッヘン!」
死神が立っていた虚空をビシッと指差し、アリスは誇らしげに薄い胸を張った。
「確かに、それはそうだな。……よくやってくれた。流石は俺の『相棒』だ」
「アリスお嬢様。改めておめでとう御座います。 ご立派で御座いました」
悠馬の言葉に、アリスは一瞬、時間が止まったように固まった。
「えへへへ。……えっ、悠馬お兄さん。今、私のこと『相棒』って言いませんでしたか!?」
「あ? そんなこと言ったか、俺が」
悠馬は頭をポリポリと掻きながら、視線を逸らす。
その仕草は、隠しきれない照れ隠しのようにも見えた。
「ノーラも聞きましたよね! いま確かに『相棒』って言いましたよね!」
「さあ、私には分かりかねます。……ですが、心地よい響きだった気はいたしますね」
いつもと変わらない、穏やかで軽妙な空気が3人を包む。
悠馬はふぅ、と溜息を吐き、立ち上がった。
「さて。ドロップ素材と、脱出ポータルを確認して……って、あれは何だ?」
まだ砂埃の舞う、主の間。
そこには討伐報酬の素材と、地上へ帰還するための光の渦。そして、未だ見ぬ深層へと続く重厚な扉が現れていた。
だが、その手前――。
濃い影が落ちる扉の前に、ありえないはずの『2つの人影』が佇んでいた。
お読みいただきありがとうございます!
死神を討ち果たし、ようやく平穏が訪れるかと思いきや、未踏の深層の扉の前に立つ2つの影。
特級ダンジョンのさらに奥、前人未到の領域で彼らを待っているのは敵か味方か……。
アリスとノーラ、そして悠馬。真の「仲間」となった3人が挑む次なるステージ、物語はここからさらに加速します!
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