44. 【帝国・現在】次元を越える一撃
黒い霧が、音もなく蠢く。
それは無残に散らされた死の残滓をかき集め、再び悍ましい姿を形作ろうとしていた。
輪郭が実体へ変わるのも、もはや時間の問題。
『黒い死神』の再臨が、すぐそこに迫っていた。
「くそっ……!」
マグノリアが、吐き捨てるように叫び、大剣を振るう。
凄まじい風圧が霧を裂くが、手応えはない。
霧散させるに至らず、むしろ斬れば斬るほど、霧はその密度を増していく。
「はあっ、はぁ……まだ、足りぬか……っ」
マグノリアの筋肉は、とうの昔に限界を超えていた。
丸太のような太い腕にはどす黒い血管が浮き出ており、一太刀ごとに細胞が内側から引きちぎれるような激痛が走る。
「ヴァレンタイン殿! 回復魔法をお願いできないだろうか……!」
「すまないね。そっち方面はからっきしなんだよ。……私の領分は、こっちだ!」
ヴァレンタインは苦渋の声を返しつつも、結界魔法の詠唱を止めない。
彼女の額には大粒の汗が滲み、指先は魔力枯渇の予兆で微かに震えている。
「魔道具……起動、しましたぁっ!」
アイリの叫びが響くが、魔道具から放たれたのはあまりにも弱々しく、心許ない光だった。
満身創痍のドレイヴン。
魔道具の発動で精一杯のアイリ。
立っているのがやっとのマグノリア。
そして、魔力枯渇寸前のヴァレンタイン。
――その絶望をあざ笑うように、霧の中から死神が再び姿を現した。
「再登場には少し早くないかい、死神さん……。 マグノリア! 時間を稼ぎな! あと少しで結界が発動する!」
「……ええ! やってやりますよ! 何と言っても……『主の命令』は――絶対。ですので!」
騎士のプライド。ただそれだけを燃料に、マグノリアが剣を振るう。
「アイリ! あんたも加勢しなっ! 死にたくなければ、マグノリアを支えなさい!」
「は、はいっ! マグノリア様、お支えします! やああああああああっ!!」
アイリが叫びながら、その小さな体で死神の懐へと飛び込む。
「アイリ、無茶だ! 下がっていろ!」
「無理です! 私だって騎士の端くれです! ヴァレンタイン殿、いえ『主の命令』は――絶対。 ですよね。」
アイリの軽口にマグノリアは口角を上げる。
しかし、アイリのその震える手は長剣を構えるので精いっぱいだった。
懸命に、死神が放つ冷気の波に必死に抗う。
マグノリアが正面から大剣で受け止め、その隙間をアイリが必死に突き刺す。
2人が死に物狂いで剣を振るい、抵抗を続ける。
だが、奇妙なことが起きていることにヴァレンタインが気付く。
死神の動きが、先ほどまでの圧倒的な「圧」を失っていたのだ。
「……どういう事よ。以前より、弱体化している……?」
理由は分からない。
だが、死神は何かに怯えるように、あるいは別の場所へ意識を奪われているかのように、その反撃は精彩を欠いていた。
今だ――。ヴァレンタインが結界の最終段階に入ろうとした、その瞬間だった。
洞窟の天井から、眩いばかりの光が溢れ出した。
それは強固な岩盤を透過し、死の臭いに満ちた広間を純白に染めていく。
「な、何……? この光……」
アイリが呆然と上を見上げる。
暴力的なまでの輝きでありながら、肌に触れる感覚はどこまでも柔らかい。
その光の中で、ドレイヴンがゆっくりと、奇跡のように身を起こした。
「辺境伯様! いけません、まだお体が……!」
アイリの制止も聞かず、ドレイヴンは立ち上がる。
全身の骨が砕けたような重圧、肺に突き刺さるような痛み。
だが、この不思議な輝きを浴びていると、凍りついていた細胞が劇的に呼び覚まされるのを感じた。
懐かしい感覚だった――。
かつて、幼い愛娘が初めて光魔法を暴発させた時の、あの不器用で、けれど純粋な温かさに満ちた光に、どこか似ている。
「……ふん。不思議なこともあるもんだ。死に際に見る夢にしては、随分と温かいではないか」
ドレイヴンは、光に導かれるように一歩、また一歩と前線へ足を踏み出す。
その時、彼の濁った瞳の中に、鮮烈な『黄金の矢印』が明滅した。
死神の足元から胸元へと吸い込まれていく、一本の光の筋。
「マグノリア! アイリ! ……そこに浮かぶ『黄金の矢印』が見えるか!」
「えっ……? 矢印、ですか? 何も見えませんが……!」
「御屋形様、やはり意識が混濁して……っ!」
マグノリアとアイリの必死の問いかけを、ドレイヴンは鼻で笑い飛ばした。
「そうか、ワシにしか見えんか。……なら、余計な心配は無用だ」
ドレイヴンは、自分を支えようとする2人の肩を、大きな手で力強く押し退けた。
「下がっていろ、2人とも。ここからはワシの仕事だ」
「お、御屋形様……」
ドレイヴンは、広間の中心へと歩みを進めた。
その瞳の先には、光によって身動きすらとれなくなっている、死神の姿がある。
その視界の中、黄金の矢印が脈動を強めていく。
ドクン、ドクン……と、己の心音と、矢印の明滅が同期を始めた。
周囲の音が、急速に遠のいていく。
ヴァレンタインの詠唱も、アイリのすすり泣くような吐息も、死神が撒き散らす不快な咆哮さえも。
世界から色が消え、ただ1本の『黄金の矢印』だけが、ドレイヴンの意識を支配する。
かつて戦場を幾千と駆け抜けた経験が、今、極限の集中状態へと彼を導いていた。
(……理屈などではない。だが、信じろとガードルドの血が叫んどるわ。どこかで同じ道を見とる誰かがおる。……なら、ワシが外すわけにはいかん)
カチ、カチ、カチ……。
明滅の速度が限界まで高まり、ついには揺るぎない光の槍となって、死神の『核』を指し示した。
――いまだ。
コンマ1秒の躊躇も、狂いもない。
黄金が最大に輝いたその刹那、ドレイヴンは大剣を振り抜いた。
フォンッ――。
広間を切り裂いた一撃は、死神の『核』を、その実体ごと、概念ごと一刀両断に切り伏せていた。
お読みいただきありがとうございます!
死神の再臨という絶望から一転、世界が止まったかのような極限の集中状態へ。
理屈ではなく、ガードルドの血の叫びに身を任せて大剣を振り抜いたドレイヴン。
概念ごと切り伏せたその1撃は、まさに帝国最強の証明でした!
果たして、この一撃は日本側にどのような影響を及ぼすのか……?
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