43. 【日本】『白』と『白』
またも執筆に熱が入り、4000文字オーバー!汗
是非ともオグリ家騎士団の熱い戦いにお付き合いください!
『白い死神』と睨み合った刹那。
(――ッ!?)
網膜に焼き付くような、どす黒いまでの『真っ赤な矢印』。
それが、幾十、幾百と重なり合い、高速で明滅する。
道標が、全霊を挙げて叫んでいた。――**『死(DEAD)』**だと。
「アリス! そこから離れろ!」
悠馬の怒号に、アリスは反射的に後方へと跳んだ。
着地すら待たず、白い死神が動く――。
いや、動いたようにすら見えなかった。
ただ雑に、その骨ばった右手を水平に振った。
何もない。
そう思った瞬間、アリスの右脇腹から鮮血が噴き出した。
「きゃぁぁっ!! ……な、なんで……っ」
『何』に『どうやって』攻撃されたのか――。
物理的な接触も、魔力の奔流も感じなかった。
それなのに、肉を裂かれた感触だけが確実に刻まれる。
アリスは何とか着地したが、指の間から溢れる血は止まる気配がない。
「悠馬様! 私はアリスお嬢様の確保に向かいます! 繋ぎをお願いします!」
「ああ! わかった……アリス、スイッチだ!」
ノーラの鋭い提案に、悠馬は迷わず応じる。
前衛のアリスと入れ替わるように、悠馬が前に出る。
その手に握られているのは、青黒い短剣だ。
同時に、ノーラがアリスのもとへ駆け寄る。
悠馬の視界には、今や2つの色が混在していた。
死を宣告する『赤い《DEAD》矢印』。
そして、わずかに残された生存への道筋を示す『青い《ALIVE》矢印』。
(止まってる暇はねえな……!)
『青』が示す最小の動きに従い、悠馬は死神の懐へと踏み込む。
死神の足を止めるべく、短剣を振りかざす。
対する死神は、またも無造作に右手を突き出した。
その瞬間、悠馬の視界に『青い矢印』が万華鏡のように乱舞する。
悠馬はその中から、1つの回避先を選び出し、攻撃の勢いを殺して体を捻った。
「……どういう事だ。少し、試してみるか」
悠馬は口角を歪め、死神へと肉薄する。
わざと隙を晒し、死神の迎撃を誘う。
その度に、回避を示す矢印が視界を埋め尽くす。
1回、3回、10回――。
幾数回、生死の境を反復しただろうか。
悠馬の中で、ひとつの推論が形を成していく。
「なるほど、そういう事か……。なら、これはどうかな!」
一方、後方ではノーラが血の気の引いた顔でアリスを抱え上げていた。
「アリスお嬢様……っ!」
「いてて……やっちゃいました。へへ……」
「もう! 笑い事ではありません! 見た目ほど傷は深くはないようですが、出血量が異常です!」
傷口は浅い。
しかし、まるで血管が塞がることを拒んでいるかのように、血が溢れ出し続けている。
軽く笑うアリスの頬が、見る間に土気色へと変わっていく。
その矛盾した事実が、冷静沈着なノーラを焦らせ、思考を鈍らせた。
「ああ……っ、今すぐ回復薬を……ない! ならば薬草を…ない!なぜっ!」
「ノーラ! ……落ち着いて」
ここは現代日本。
帝国では当たり前の回復薬も、薬草も存在しない。
取り乱す従者の手を、アリスが弱々しく、けれど確かな力で握り返した。
どろりと、アリスのわき腹から溢れた熱い鮮血が、彼女自身の掌を真っ赤に染め上げている。
その血に濡れた小さな両の手が、ノーラの白い手袋を容赦なく汚し、強く、強く掴んだ。
生々しい鉄の臭いと、決して折れない主の指の力が、かえってノーラの意識を現実に繋ぎ止めた。
「私は大丈夫だから。……あなたが取り乱してどうするの? あなたは辺境伯が娘、このアリスリア・フォン・ガードルド付きの従者なのでしょう?」
いつもとは正反対の構図。
主に諭され、ノーラは大きく息を吐き、瞳は光を取り戻す。
「……申し訳ありません。少々……取り乱しておりました」
「そう、それでこそノーラよ。……さて、私とあなたはどうすればいいの? 明確な答えが欲しいわ。ノーラ……あなたにしか出来ない事なのです」
ノーラは重く、苦しい決断を下した。
「ここで回復魔法を行使します。……ご容赦ください」
「ええ、わかりました。あなたの決断を――信用します」
アリスは覚悟を決め、目を瞑った。ノーラが目を見開き、両手を傷口にかざす。
次の瞬間、眩いばかりの光が、ノーラの手を中心に爆発した。
その直後。
『うわぁぁぁぁーーーー!! あっ、あがっ!! あぁぁーーーー!!』
広間の空気を引き裂いたのは、アリスの断末魔だった。
「おい! 何事だ! 何してるんだノーラ!」
「少し黙って頂けますか……これが、貴方の仰っていた『おとぎ話』とやらです」
ノーラは額に玉の汗を滲ませ、震える声で答えた。
回復魔法――。
――それは『傷を癒す為に、同じ痛みを負う』魔法。
魔素が少なければ少ないほど、その痛みは倍増する。
逆に魔素が濃密であれば、ほぼリスクなく回復が可能となる。
アリスは今、受けた傷を修復するために、その傷を負った瞬間の苦痛をより濃密に反芻しているのだ。
魔素が十分ではない下層で行われる『回復魔法』。
2度、エグられる――。
その痛みに耐えきれず、命を落とす者すらいる。
――それが「奇跡」の代償だった。
「悠馬様! アリスお嬢様は戦線に復帰すべく、自ら生を掴み取っておいでです! 維持と解明をお願いいたします!」
「……ああ! 任せとけ!」
悠馬は短剣を翻し、死神へと飛びかかる。
アリスが地獄の苦しみに耐えている――ならば、俺が止まるわけにはいかない。
再度、打ち合う悠馬と死神。
幾合かの後、確信する。
「やっぱり、そうか……!こいつ、何かを守ってやがる」
乱舞する『青い矢印』の正体。
それは『白い死神』が攻めではなく、守りに徹しているサインだった。
――その時。
「悠馬お兄さん! お待たせしました! アリス・フォン・ガードルド、戦線に復帰します!――エ、エッヘン!」
額に汗を滲ませ、そして痛みに涙を浮かべながらも、凛とした声が響く。
立ち上がったアリスの頭上で、アホ毛がピンっと、再戦の意思を示すように立っていた。
「よし! さっき聞いた『聖光斬』、あれをぶち込むぞ。俺がアイツと打ち合うから、指示通りに飛ばせ!――行けるな、アリス!」
「行けます! お任せくださいです! エッヘン!」
悠馬は問わず、語らない。
ただ、アリスが復帰した。
――今はそれが事実であり、『勝利』への切符だ。
事前の作戦会議の際、悠馬はアリスの持ち技をすべて洗い出していた。
その中で「出は早いが、直進的で避けられやすい」と評した光の斬撃。
それを、今の悠馬なら「当たる瞬間」へと導ける。
死神が右手を振る。その数メートル先、何も存在しないはずの空間を、悠馬が短剣で弾いた。
――ガキンッ!
金属音が響く。
返し手で、悠馬は逆袈裟に短剣を振るった。それも、死神から数メートル離れた空に向かって。
――ガッ!
悠馬と死神の動きが、同時に止まる。
そう、死神の武器は――『不可視の刃』。
空間そのものを切り裂く『断層』が発生しているのだ。
「アリス、ヤツの弱点は右腕の付け根から中心に向かって30センチだ。3秒後に行くぞ! 構えろ!」
「はいっ!」
「――いまだっ!」
アリスが咆哮と共に大剣を振り下ろす。眩い光を纏った斬撃が、死神を襲う。
届く。
誰もがそう確信した瞬間――。
――キィンッ!
死神は、その白い法衣を翻すだけで、光の刃を容易く跳ね返した。
「くそっ! もう一度だ!」
「はい! 行きますっ!」
二度、三度。
――だが、届かない。
「……っ、クソが! あとコンマ数秒、足りねえ……!」
悠馬は奥歯が砕けるほどに噛み締めた。
……見えている。
矢印は完璧に『最適解』を指し示している。
なのに、自分の声が空気を伝わり、アリスの脳が反応し、筋肉が動く。
その『生物としてのラグ』が、決定的な溝として横たわっていた。
(――またか。また、届かねえのか……!)
脳裏に、かつて目の前で命を散らした有村花の姿が蘇る。
あの時もそうだ。
正解は分かっていた――。
なのに『最適解』が、彼女の命を奪う刃となった。
これほどまでに答えを知りながら、手が届かない。
その絶望と屈辱に、悠馬の視界が怒りと過去のトラウマで赤く染まる。
だが、目の前のアリスはまだ、死んでいない。
痛みに震えながらも、彼女は悠馬の『声』を信じて剣を握り直している。
(花、見てろ。今度は……届かせてやる。たとえ、俺がどうなったってな……!)
(やるしかねえか……『感覚共有』。あれ、死ぬほど疲れるんだよなあ……いや、死ぬ『ほど』だ!……相棒を死なせるより――マシだ!)
その逡巡の最中、悠馬は見た。
死神の反応が、一瞬だけ遅れたのを。
(……弱体化してる? なぜだ。さっきのノーラの光か、それとも……)
刹那、脳内に電光が走る。
――今しかない。
「アリス! ヤツを弱体化させる魔法はあるな!」
「はいっ!多分いけると思います! 多分ですがっ!」
曖昧なアリスの答えに口角を上げながら、悠馬は指示を続ける。
「合図したらそいつを発動しろ! そのまま『感覚共有』に入るから、『黄金の矢印』に従ってアイツを撃て!」
「わかりました! ですが、それだと悠馬お兄さんが無防備に!」
魔法の行使で膝をつくノーラ。
魔力を全開放するアリス。
――今、悠馬を守る盾は何もない。
「……いいから、やれ!」
悠馬の瞳にアリスが映り、アリスの瞳に悠馬が映る。
過去を振り払うように、悠馬はアリスに全てを託した。
「いけ! 今だっ!」
「――『純白色の閃光』!!」
アリスの叫びと共に、アリスの身体から眩いばかりの純白色の光が爆発した。
広間の隅々までを暴力的なまでの光が塗りつぶす。
「グオォォォォーーーーーー!!」
死神が、生まれて初めて「光」という恐怖に直面したかのように暴れ狂う。
それを見届けるように、悠馬の意識が遠のき、その体がゆっくりと崩れ落ちた。
(あとは、頼んだぜ……相棒)
悠馬、死神、そして戦場。
その全てが、悠馬から流れ込んでくる『感覚共有』によって、アリスに突きつけらける。
アリスは、重力から解放されたかのように、光の中を飛び上がった。
「ここで、私が決めなきゃ……! アリスリア・フォン・ガードルドの名に懸けて!」
名乗りを上げ、アリスは大剣を正眼に構える。
その視界の端。
悠馬から共有された世界の中で、アリスはそれを見た。
無数に輝く『黄金の矢印』のひとつが、逃げ場を示すのではなく――。
咆哮を上げる死神の胸元へと、真っすぐに吸い込まれるように消えていくのを。
(――え?)
お読みいただきありがとうございます!
便利なだけのおとぎ話ではない、残酷なまでにリアルな「回復魔法」の代償。
取り乱すノーラの手を握り、逆に勇気づけたアリスの姿は、まさに帝国の高貴なる血筋を感じさせるものでした。
2度エグられるような痛みを乗り越え、主従の絆がさらに強固になった今、死神を討つ準備は整いました。悠馬が全てを託した一撃の行方に注目です!
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「ノーラとアリスの絆に涙……」「ノーラ頑張れ!」と思っていただけたら、作品フォローやブックマーク、星(★★★★★)での応援をよろしくお願いします!




