42. 【帝国】断絶の先に
「――パチンッ」
ヴァレンタインの指先が鋭い音を立てると同時に、広間に設置された魔道具が唸りを上げた。
眩いばかりの光が辺りを満たす。だが、それは目を焼くような暴力的な輝きではない。
細かく砕かれた宝石のような光の粒子が、死の臭いに満ちた洞窟を幻想的なまでの純白に染め上げていく。
純白の光が、黒い法衣を纏った死神を包み込む。
「グォォォォォ――ッ!!」
それは、地獄の底から響くような断末魔だった。
死神は光に焼かれ、もがき苦しむように前のめりにうずくまる。
最期の足掻きと言わんばかりに、巨大な鎌をやみくもに振り回した。
ゴォッ、と風を切る音が響くたび、堅牢な岩壁が紙のように削れ、床には深い亀裂が刻まれる。
「ドレイヴン! 行きなさい!」
ヴァレンタインの叫びが、広間に響き渡る。
その声に応えるのは、全身に切り傷を負いながらも、なお闘志を失わない帝国最強の男だ。
「ぬぉぉぉぉ――――!!」
ドレイヴンは地を蹴った――。
死神が振り下ろした大鎌の刃、その紙一重の隙間を搔い潜り、160キロを超える巨体が重力を無視して高く跳躍する。
大上段に構えられた大剣が、天井に届かんばかりの高さで静止した。
ドレイヴンの全身から、血管が千切れんばかりの覇気が溢れ出す。
「くらえッ! 奥義!『剛勇王の絶界・断絶神』!!」
ズ、ズゥゥウウウゥゥウンッ――!!
衝撃音の直後、世界から音が消えた。
いや、あまりの衝撃に鼓膜が音を捉えるのを拒絶したのだ。
――カァッ、と広間が割れた。
ドレイヴン渾身の一撃が放った衝撃は、洞窟の岩盤を容易く粉砕し、洞窟だけではなく遥か頭上の地上をも揺らした。
大地が裂け、空間そのものが断絶されたかのような威力が、死神の姿を塵ひとつ残さず消し飛ばした。
濛々と舞い上がる砂埃。
誰もが目を開けられず、ただ耳に残る轟音の余韻だけを頼りに、その戦況を把握しようとしていた。
静寂が訪れる。
うっすらと目を開けたヴァレンタインの視界に、ひとつの影が映った。
その影は、視界の悪い砂埃の中を迷うことなく一直線に走り、最前線で膝をついた大きな背中へと肉薄する。
「っ!?」
一瞬、ヴァレンタインは新たな刺客かと臨戦態勢に入ったが、それは杞憂に終わった。
「はあぁぁ――! うん……っしょ! 辺境伯様、失礼します! ぬぉっ!せ、背骨がっ!」
捕捉したその影は、アイリだった――。
彼女は誰よりも早く、そして、勝利の余韻に浸る暇もなく、自分の任務……『主を救う』という使命を全うするために動いていたのだ。
自分よりも遥かに巨大なドレイヴンの体を、アイリはその小さな背中で必死に支える。
一歩、また一歩。
己の限界を超え、震える足で帝国の至宝を安全圏へと運ぶ。
その献身的な姿に、ヴァレンタインはふっと唇を緩めた。
「――やるじゃない。やっぱり私の目に狂いはなかったわ」
死神の気配は消えた。
あとに残ったのは、崩壊した広間の無惨な光景だけ。
勝利、そして生還。
一行に安堵の空気が流れようとした、その時だ。
「――待って」
ヴァレンタインの表情が、一瞬で凍りついた。
彼女の繊細な感覚が、あってはならない「違和感」を感知する。
「全員、臨戦態勢!まだ終わってないわ!」
「ヴァレンタイン殿、どうされたのですか? 死神は御屋形様が確かに討伐されましたが……」
困惑するマグノリアを、ヴァレンタインは鋭い眼光で黙らせた。
「黙りなさいっ! ……嫌な感じがするのよ。まるで……冷たい鎌の刃で頬を優しく撫でられているような、そう……吐き気のする気配が」
その言葉に、マグノリアが弾かれたように死神のいた場所へと視線を向ける。
そこには、討伐されたはずの死神の残滓――薄く広がっていた黒い霧が、意志を持っているかのように広間の中心部へ向かって集まり始めていた。
「えっ、何ですかあれ……!?」
ドレイヴンを担いだまま、アイリが戦慄の声を漏らす。
集まっていた黒い風は、次第に密度を増し、漆黒の巨大な渦へと変化していく。
それは失われた「死」の概念を再び呼び戻し、より強固な形を成そうとしていた。
「な、なによっ。死なないって事……!?そんなの、一体どうすれば……!」
ヴァレンタインの叫びを遮るように、マグノリアがその前に立ちはだかった。
折れかけた剣を握り直し、再生する闇を見据える。
「ヴァレンタイン殿! 理由を考えている余裕などありません。今はここからの離脱が先決ですっ!」
「はっ……! そ、それもそうね。マグノリア、時間を稼ぎなさい! アイリ、そのデカブツはそこに放置! ありったけの魔石で光の魔道具を再起動しなさい! どんな小さな抵抗でも、今は足しにするしかないのよ!」
パニックを理性でねじ伏せ、ヴァレンタインが次々と指示を飛ばす。
「私は結界を展開するわ――完了し次第、全員で離脱するわよっ!」
絶望は終わらない――。
漆黒の渦は、どこか遠い異界から無尽蔵に供給される魔力を吸い上げ、かつてない災厄となって形を成そうとしていた。
全員に残されたわずかな力を集約し、死地からの離脱作戦。
その先に待つのは、奇跡の生還か、それとも絶望の死か――。
お読みいただきありがとうございます!
死神を討ち取ったはずの戦場に漂う、吐き気のするような違和感。
ヴァレンタインが感じ取った「冷たい刃で撫でられるような気配」の正体とは……。
再生を始めた闇を前に、限界を迎えた一行が選ぶ決死の離脱作戦。刹那の遅れが死に直結する極限状態の中、無事に生還できることを祈るばかりです!
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