生きる道
頂きまで続く一本道。獣道と言えようか……。
「緊張してる?」
後ろを続いて歩く私を振り向き晴保様が言葉をかけた。
「恐ろしく思うのは真の気持ちです。 なれど私には皆様がついておられます。 運を天に任せるのみ。 覚悟はとうにできております……」
「そっか。 なら大丈夫だ。 君には僕らだけでなく、 四神もついてる。 強い味方だらけだ」
「春保様……」
ふいに立ち止まり私の両の手を握り、柔らかな笑みを浮かべた。
今までに感じた事のない胸の高まりが抑えられない……。
私は恥ずかしくなり俯くばかりだった。
「そろそろ着きますよ」
お師匠様の声が静かな森に響く。
日の光さえ遮る鬱蒼とした山の中、時折吹く風が木々を揺らす。
「やっと着いたかな? ラスボスの所に……」
「何ですか? 春保様……」
「天狗の所にやっと着いたって事」
「気を引き締めて参りましょう」
大きくそびえ立つ黒の鉄門。怪しげな気を纏い、私達を拒む様だ。
けれどお師匠様と春保様は門の前に立ち呪を唱えた後、両の手で扉を開いた。
ギギギィ
重い音を響かせ門が開かれる。
私は先を行くお二人を追う様に門の中へ足を踏み入れた。
「あそこの建物の中だね」
六角屋根の唐風の建物を指差し、春保様が呟いた。
「天狗の住処ですか。 結界を張り巡らせ、 何人も受け入れないと言った感じですね……」
「まぁそうだろうね。 何たって天狗様だし」
「あの、 四神をお呼びしましょうか?」
「いや、 まだ大丈夫です。 取り敢えず中へ入りましょうか……」
と、足を踏み入れた刹那、建物の扉が開いた。
思わず後ずさってしまう。
「そなたらか? 我の大事な仲間を倒した者とは……」
地を這う様な低い、しわがれた声が辺りに響いた。
のそり、のそりと建物から姿を現し、私は思わず声をあげそうになり、口を手で塞いだ。
「そうです。 私達の邪魔を致したものですから、 葬らせて頂きました」
「ふん! 大人しくしていれば良いものを。 命が惜しくない様だな……」
そう言った声の主は、黒い袈裟の様な物を纏った天狗その物で、顔を背いてしまいそうな、妖怪であった。
顔はどす黒く、目は細く人を射抜く様な物で、クチバシは鳥のそれを大きくした物であり、萌黄の様な色をしていた。
「うわ! まさしく天狗だ! 期待を裏切らないね。 何だか楽しくなってきたよ!」
「遊びに来たのではありませんよ?」
「分かっていますよ。 ただ、 歴史書と同じ様な姿をしているから」
「何を戯言を言っておる! 此処へ来たからには生きて帰れるとは思うなよ」
天狗は右の手を振り上げ、何やらを呟いた。
けたたましい羽音と共に何物かが空を覆いだす。
その刹那、それらが一直線にこちらへと向かって来るではないか。
お師匠様は急ぎ呪を唱え結界を張り、春保様は両の手を上へかざし呪を唱えた。
青白い光が放たれ、向かってくる物を地に倒す。
まだ何かを呼び出す天狗に向かい、春保様が呪文を唱え手刀で格子を切った。
「縛!」
印を結び相手の動きを封じようとした瞬間、春保様の動きが止まってしまった。
「我に呪文など百年早いわ!」
私は急ぎ五芒星を作り四神を召喚した。
砂埃が舞い上がり、春保様を包むと安全な場所まで移動させる。
「四神よ! 力の限り闘いなさい!」
叫びにも似た声が私の口から発せられると、皆獣の姿で天狗に飛びかかった。
「何が四神だ! 我に敵うものなどないわ!」
凄まじい音と光がぶつかり合う。
お師匠様も天狗に向かい真言密教を唱え加勢する。
「のうまくさんだはぎだらかん!」
体制を整えた春保様も呪文を唱えた。
私は木の陰に身を潜め、四神の力を高めるべく集中する。
先ほどとは違う姿をした敵達も現れ、天狗側の力が強まってきた。
必死に皆が闘っている……。
(我等も居ります。 楠葉よ、 気を高めなさい。 そなたなら必ず力を発揮できます)
優しい声が私を淡い光で包み込む。
「四神よ! 力の限り!」
強き光を四神に向け放つと、それに応えるかの様に力が増すのを感じ取れた。
「悪魔降伏 怨敵退散 七難即滅 七福即生秘 急急如律令!」
春保様が声を荒らげ天狗に向かい叫ぶ。
息を切らし力を振り絞り、傷だらけになり……。
天から稲光りが轟いた刹那、光が柱となり天狗を射抜いた!
「我の力が……」
不意に辺りが静まり、天狗が地に倒れた。
「終わりました……」
涼し気なお師匠様の声がした。
安堵と共に私は地に座り込んでしまった。
「やったね……」
春保様が私の手を握り優しく微笑む。
「倒したの、 ですね……?」
思わず春保様にしがみついてしまった。
温かな手が私の頬に触れる。
「見つめ合うのは後になさりなさい」
笑いを込めた声にハッと我にかえった。
「天狗はどうなるのですか?」
倒れ動かぬそれを見て、お師匠のに尋ねた。
「力無き天狗はただの天狗です。 悪さは出来ぬでしょう。 このままでも支障ありません」
「都は……?」
「悪しき力は無くなりました。 また元の平穏を取り戻すでしょう。 あの姫君ですが……、 帝の事です。 悪い様にはしない筈」
「安堵致しました……」
「春保ですが……」
お師匠様が春保様に向き直った。
「元の世に帰りますか?」
私は目を伏せた。
この世に在らずのお方。運命を共にしているとは言え……。
「僕は此処に残るよ。 面白そうじゃない? 平安の世の中って。 歴史がどうなるかは分からないけど、 選ばれし者らしいからね。 それに色々修行したいし」
「楠葉と離れ難いのでは?」
「それもあるかもね……。 運命感じたし」
真っ直ぐに見つめられ、頬が熱を帯びてくるのが分かる。
「神の選んだ者です。 厳しく修行致しますよ?」
春、満開の桜がたわわに実り、地面から新芽が顔を出す。
花は咲き、優しい風が吹きわたる。
闘いは終わり闇は去った。
運命に従い都を護り、運命の元共に生きる。
春保様の手をそっと握った。
「運命とは時に悲しく、 時に嬉しいものです。 私は出会いに感謝致します……」
「”出会うべきして出会った” その言葉通りにしよう」
温かな日が差し込む都を見下ろし、私は己の生きる道を決めた。




