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世界最強の俺を、幼馴染が全力で落ちこぼれにしてくる件  作者: 浪留
第四章:白冠杯

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第二十話「僕ではない、と彼は言った。」

 翌朝、昨日のことは早くも学園内に広まっていた。


「昨日の合同実習、聞いたか?」


「ああ。制御核が暴走したんだろ?」


「それをヴァイスグランが止めたらしい」


「第一課程だけじゃなく、第七課程まで守ったって話だぞ」


「さすが首席候補筆頭だな」


 廊下を歩いているだけで、そんな声が耳に入る。

 昨日の訓練場。赤く染まった魔導人形。閉じた防壁。限界まで白い防御術式を張っていたヴァイスグラン。

 そして、中央の魔導核が静かに止まった瞬間。


 俺は、あの場にいた。

 そして力を使った。


「第七課程も意外と粘ったらしいぞ」


「でも最後はヴァイスグラン頼みだったんだろ?」


「アレン・ノーツってやつは?」


「ああ、要観察の?」


「確か後方待機だったって聞いたけど」


 後方待機

 俺本人より先に、噂が成長している。

 もうそろそろ、俺の代わりに授業を受けてくれるかもしれない。


「顔、暗いよ」

 隣を歩くアイリスが言った。


「そうか?」


「うん。落ちこぼれ評価を朝日に干したみたいな顔」


「それどんな顔だよ」


 アイリスは笑った。いつものように軽く。

 でも、ほんの少しだけ、声が遅れていた。


 昨日の最後、アイリスは俺を守ろうとした。たぶん、そうなのだと思う。

 けれどその結果、俺のしたことはヴァイスグランの名前へ流れていった。

 守られた場所は、いつも少しだけ暗い。それを言葉にするほど、俺はまだ自分の気持ちを整理できていなかった。


―――


 第七課程の教室は、朝から通常通りうるさかった。

 シオンは椅子に座りながら、昨日負傷した肩を押さえている。


「この痛み……封印の代償がまだ残っている」


「治療後の筋肉痛です」

 フィーネが即答した。


 ノアはコルちゃんを机の上に乗せて、真剣な顔で撫でていた。


「昨日はコルちゃんも頑張りました」

 コルちゃんは、小さく鼻を鳴らした。


「くしゃみをしただけじゃなかったか?」


「作戦です」


「その作戦、本人にも伝わってたのか?」


「今、伝えていました」


「事後報告か」


 セラは窓際で、小さく本を開いていた。

 ページをめくる音すら控えめだった。

 昨日の実習で、セラは一度、仕掛けを止めた。小さな声だったけれど、その声はちゃんと届いていた。本人はまだ、そのことを少し怖がっているように見えた。


 そして、エリオ・クローデルは、朝から盤面を広げていた。

 昨日の訓練場を簡略化した図。第一課程側の進路。第七課程側の進路。魔導人形の配置。中央の制御核。

 その細い指が、盤面の上をなぞる。


「合わない」


 エリオが言った。

 俺の背筋が少しだけ伸びた。


「何が?」


「昨日の勝ち筋だ」


 エリオは盤面から目を離さない。

「ヴァイスグランの防御術式は、第一課程側を守るために展開されていた。出力も方向も防御型。制御核に干渉する動きはない」


 アイリスが、そっと俺の袖を掴んだ。

 嫌な予感がする時の掴み方だった。


「でも、制御核は止まった」

 エリオは続ける。


「第七課程側も同じだ。シオンは負傷。フィーネは治療中。ノアは召喚獣を保護。セラは声を出せない状態。アイリスは後方補助。アレンは――」


「後方待機」

 アイリスがかぶせた。


 早い。

 昨日のなすりつけと同じくらい早い。

 エリオがこちらを見る。


「記録上も盤面上でも、そう見える。問題は、盤面にない一手が存在したように見えることだ」


「古い訓練場って、たまに情緒があるから」


 アイリスが言った。

 エリオが瞬きする。しかし、冷静に返した。


「情緒で制御核は止まらない」


「止まるかもしれない」


「止まらない」


「絶対?」


「絶対だ」


「……じゃあ、感受性」


「言い換えても変わらない」

 変わらずエリオは冷静だった。


 アイリスのごまかしは、たまに力業で押し切る。

 けれど、エリオのように盤面で物を見る相手には、少し相性が悪いらしい。


「昨日の成功は、成功しすぎている」

 エリオは言った。


「成功したならいいじゃない」


「成功には、その理由が必要だ」


「成功は成功じゃないの」


「それは作戦ではなく、祈祷だ。そして祈祷にも手順はある」


 妙なところで厳しい。

 エリオは盤面の一点を指で叩いた。


 教室の空気が、ほんの少しだけ静かになる。

 その沈黙を破ったのは、フィーネだった。


「アレン・ノーツ。ここに座ってください」


「俺、怪我してないぞ」


「怪我だけが損傷だと思っているなら、あなたの頭も治療対象です」


「治せるのか?」


「重症です。五分五分かと」


 フィーネは俺の手首を取った。

 指が脈を探る。冷たい手だった。

 でも、触れ方は丁寧だった。


「脈が少し乱れています。魔力回路の反応も妙です。昨日、何かしました?」


「後方待機」

 アイリスが即答した。


 俺より早かった。

 フィーネはアイリスを見た。


「後方待機でこの乱れ方をするなら、アレン・ノーツは使い物になりません」


「失礼だな」


「否定しきれないのが何とも」

 アイリスが小さく言った。


「全力で否定してくれ」


 フィーネは手を離す。

「今すぐ治療が必要というほどではありません。ただし、疲労の質が少し変です」


「変」


「はい。普通の消耗ではありません」


 普通ではない。

 その言葉には、もう慣れてきたつもりだった。けれど、今は少しだけ胸に引っかかった。

 俺は普通ではない力を持っている。それはたぶん、本当だ。

 でも、その力だけでは、学園の記録には残らない。

 実際、昨日も自分の名前には、何も残らなかった。


―――


 昼休み、中庭の白い石畳には、木漏れ日が細かく落ちていた。

 俺は一人でそこを歩いていた。別に、教室が息苦しくなったとか、誰かに怒っているわけではない。

 ただ、騒がしい場所にいると、自分が何を考えているのか分からなくなりそうだった。


「アレン・ノーツ」

 声をかけられた。


 振り返ると、ヴァイスグランが立っていた。

 白金の髪が陽を受けて、静かに光っている。立っているだけで、周囲の景色が整うような男だった。


「ヴァイスグラン」


「昨日の件で、話がある」


 その声は、いつも通り落ち着いていた。

 けれど、表情には少しだけ硬さがある。


「僕は、制御核を止めていない」

 ヴァイスグランは、最初にそう言った。


「それは昨日も言ってただろ」


「だが、誰も聞かなかった」


「そうだな……でも、なんでそれを俺に言いに来たんだ?」


 ヴァイスグランは少し困ったような顔をした。

「君が昨日、なんだか納得していないように見えてね。僕を称える声の外で、君だけが違うものを見ているようだったから」


「そんな顔してたか」


「していたよ」

 そんな顔をしていたのか…少し恥ずかしい。


「それでね、君は聞いていたはずだ」

 ヴァイスグランは話を戻した。


「聞いてた」


 ヴァイスグランは息を吐いた。

「僕は、僕がしたことを評価されるのは嫌ではない。……だが、していないことまで僕のものになるのは違う」


 その言い方は、思っていたより真面目だった。

 少しだけ、意外だった。


「贅沢な悩みだな」

 ヴァイスグランは否定しなかった。


「けれど、僕の名前には、勝手に光が集まる。僕が望んだものではない光まで」

 白金の髪が、木漏れ日に淡く光った。


「光って、悪いものなのか」


「悪いものではない。けれど、眩しすぎる光は、時々、本当の形を見えなくする」


 俺は、昨日の訓練場を思い出した。

 ヴァイスグランを囲む声。あの白い歓声。その輪の外に立っていた自分。


「…俺の名前には、何も残らない」


 気づけば、そう言っていた。

 ヴァイスグランがこちらを見る。

 言ったあとで、少しだけ胸の奥が熱くなった。怒りなのか、悔しさなのか、自分でもよく分からない。


「俺が何をしても、不明とか、判定不能とか、要観察とか。そういう言葉ばかり残る。俺がやったことは、俺の名前には残らない」


 言いすぎたかと思った。

 けれど、ヴァイスグランは笑わなかった。


「記録に残らないからだ」


「分かってる」


「いや、違う」

 ヴァイスグランは少し首を振った。


「記録に残らないものは、学園では評価できない。だが、それは価値がないという意味ではない」


 その言葉に、俺は少しだけ眉を寄せた。

「同じじゃないのか」


「違う」

 ヴァイスグランははっきりと言った。


「価値があることと、評価できることは違う。少なくとも、この学園では」


 妙に、引っかかる言葉だった。

 価値があることと、評価できること。


 俺は、自分の手を見る。

 昨日、制御核を止めた手。

 でも記録には何も残らなかった手。


「じゃあ、どうすればいい」


 聞くつもりはなかった。

 けれど、声になっていた。


「記録できる形にするしかない。剣なら、剣として。術式なら、術式として。戦術なら、戦術として。誰が見ても、君の行動として分かる形にする」


「俺の力じゃなくて?」


「君の力が何なのか、僕には分からない」

 ヴァイスグランは静かに言った。


「だが、君がそれを示したいなら、学園が読める言葉にする必要がある」


 学園が読める言葉。

 それは、少し嫌な言葉だった。でも、完全には否定できなかった。

 俺は今まで、ただ自分の力を見てもらいたいと思っていた。俺が持っているものを、俺の名前で認めてもらいたいと思っていた。けれど、見てもらうためには、見える形にしなければならない。

 それは当たり前のようで、少し腹立たしいことだった。


 ―記録できる形

 剣として。術式として。戦術として。

 俺の中で、その言葉が小さく残った。

 まだ、答えではない。でも、何かの入口みたいだった。


「僕ではない」

 ヴァイスグランは、もう一度そう言った。


 俺は何も答えなかった。考えていたから。

 学園が読める言葉。記録できる形。

 そんなものに合わせるのは、なんだか癪だ。しかし、俺の名前に何かを残すには、必要なのかもしれない。

 その考えは、喉に引っかかった小骨みたいに、しばらく取れなかった。



「それと」

 ヴァイスグランが少しだけ視線を横へ向けた。


「君を探している人がいるんだ」


「俺を?」


「第二課程の解析班の生徒だ」


 嫌な予感がした。

 中庭の柱の陰から、銀灰色の髪が少しだけ見えた。

 小さな手帳。細い羽根ペン。妙に鋭い目。

 リゼ・オルブレイン。


 またいた。俺は思わず、心の中で呟いた。

 こいつ、どこにでもいるな。

 

 リゼはこちらに気づくと、何事もなかったように近づいてきた。


「失礼します」


 リゼは手帳を開いた。


「昨日の制御核停止時、防御術式の波長と核反応波形が一致していません」

 出だしから難しい。


「ヴァイスグランさんの術式は防御型です。制御核停止機能はありません。にもかかわらず、記録上はヴァイスグランさんの不測事態対応として処理されかけています」


「処理されかけている?」


「ヴィオラ先生が教師側評価に不可をつけたため、記録は一部保留になりました」

 ヴィオラ先生、仕事が早い。


「そして、停止時に制御核近傍にいた生徒が一名」

 リゼの視線が、俺に向く。


「アレン・ノーツ。あなたです」


「俺は後方待機だったらしいぞ」


「後方待機者が制御核近傍にいるのは、後方の定義を疑うべきです」


 それは俺も思う。

 アイリスがいたら、きっと「後方が前に来たのよ」とか言っていた気がする。


「あなたの術式反応は記録にありません」


「じゃあ何もしてないんじゃないか」


「普通はそう判断します。ですが、あなたの場合、普通ではないことの方が普通です」


「ややこしい評価だな」

 リゼは真顔だった。


「結論としては二つです」


「聞きたくないな」


「一つ。記録が間違っている」


「二つ。記録できない何かがあった」


 続けて「もしくはその両方」と付け加えた。

 いや三つじゃん。


 ヴァイスグランは黙って聞いていた。

 リゼの羽根ペンが手帳の上で止まる。


「私は、最後の可能性を疑っています」


 沈黙が落ちた。風が中庭の木を揺らす。

 俺は何も言えない。ヴァイスグランも何も言わない。

 リゼだけが、妙に満足げだった。


「以上です」


「あれ、それだけ?」


「今日は」


「続くのか」


「当然です」


 当然らしい。

 リゼは手帳を閉じると、軽く一礼した。


「では、また」


 そう言って、彼女は本当に何事もなかったように去っていった。

 俺はその背中を見送る。

 やっぱり、どこにでもいる。

 というか、どこにでも来る。


 面倒なやつだと思う。

 本当に。


 でも、少しだけ救われてもいた。

 リゼは、「何もなかった」で終わらせない。エリオも、「偶然」で盤面を閉じない。俺がやったかもしれないと、考えてくれる。

 それは、たぶん嬉しいことだった。



「……君も大変だな」

 ヴァイスグランが少し苦笑しながら言った。


「今の会話で、それを言う側に回れるのすごいな」


「僕も最近、少しそう思う」


 少しだけ、笑いそうになった。

 ヴァイスグランは思っていたより、遠いだけの人間ではないのかもしれない。


―――


 教室に戻る途中、アイリスが廊下の壁にもたれて待っていた。


「遅かったね。ヴァイスグランと何を話してたの?」


「見てたのか」


「見張りだから」

 堂々と言われた。


「あと、あの銀髪の子もいたね」


「いた」


「あの子どこにでもいるね」


「俺も思ってた」


 アイリスは少し笑った。

 けれど、その笑いはすぐに消えた。


「何を話したの?」


「本人じゃないって言いに来た」


「律儀だね」


「…それだけ?」

 俺は少し黙った。


「記録できる形にしろって言われた」

 アイリスの目が、ほんの少しだけ揺れた。


「……そっか」


「学園が読める言葉にしないと、評価できないって」


「うん」


「少し腹立つ」


「うん」


「でも、少し分かる」


 アイリスは何も言わなかった。

 いつもなら、ここで軽い言葉を投げてくる。


 「じゃあまず字を綺麗に書くところからだね」とか「学園語の勉強だね」とか。

 けれど、何も言わなかった。


「怒ってる?」

 アイリスが聞いた。


「誰に?」


「私に」


 廊下の白い壁が、夕方の光を受けて少しだけ橙色に染まっている。

 俺はすぐには答えられなかった。

 怒っているのかもしれない。

 怒っていないのかもしれない。

 アイリスが俺を守ろうとしていることは分かっている。

 でも、その守り方で、俺の名前から何かが零れていくことも、もう分かってしまっている。


「分からない」

 俺は言った。


「そっか」


「でも」

 アイリスがこちらを見る。


「いつまでも、このままは嫌だ」


 言葉にしてから、胸の奥が少しだけ軽くなった。

 アイリスは、何かを言おうとしたけれど、言わなかった。

 代わりに、小さく頷く。


「うん」


 その「うん」は、いつものごまかしではなかった。

 だからこそ、少し重かった。



 ヴァイスグランの名前には、今日も光が積もっていく。

 俺の名前には、今日も何も残らない。


 けれど、何も残らない名前のままでいたいわけではなかった。



 「僕ではない」とヴァイスグランは、そう言った。

 なら、いつか俺も言わなければならない。


 この、説明できない不可解な力を、自分で理解して。

 この、操り切れない危うい力を、自分で制御しきって。


 俺の力を

 俺の立つ場所を

 俺の名前を


 みんなに、学園に、そして父に、認めさせるために。




 ――「俺だ」と。


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