第13章「分かれ道」(3)危機感は外れていなかった
翌日、凪は葛城が寝泊まりしている古い納屋を訪ねた。
そこでは、葛城が油にまみれながら、古い軽トラックのエンジンを分解整備していた。凪が入っていくと、葛城は手を止めず、警戒の色を含んだ目で一瞥しただけだった。
「いいラチェットレンチですね。ギアの刻みが細かい」
凪が脇に置かれていた工具を指して言うと、葛城は少し意外そうに眉を上げた。
「……お前、ただのお嬢ちゃんじゃないのか。役人どもはそんなもんの名前なんか知らねえぞ」
「以前、乗せてもらっていた車が古かったので。整備を見ているうちに覚えました」
銀嶺号の荷台とキャブの匂いが、凪の記憶に蘇る。あの旅の経験が、今の凪の言葉に血を通わせていた。
葛城はスパナを置き、ぼろ布で手を拭った。
「俺が前科持ちだってことは、知ってるんだな」
「ええ。違法改造車を作って……結果的に、私があの車を止めました」
「なんで止めた」
「あのままでは、あなた自身か、無関係の誰かが死んでいたからです」
葛城は小さく鼻を鳴らした。
「……俺は、自分で運転でき、自分で止められる車を作りたかっただけだ。NERVAの奴らに命のハンドルを握らせるのが我慢ならなかった。結果は違法行為。執行猶予のおまけつきだ」
葛城は手元の部品を見つめたまま、低く続けた。「俺たちの危機感は外れてなかった。なのに、やったことは全部"違法行為"で一括りだ」
「あなたの危機感は、外れていなかったと思います」凪は真剣な声で言った。
葛城の目が変わった。
「電気やネットなんて、最悪切れたって死にはしねえ」葛城の声が、納屋の中に低く響いた。「だがな。人間を乗せて時速百キロで走る鉄の塊を、機械なんぞに預けられるか。道を自動にしたら、また同じことが起きる」
確信に満ちた声の中に、隠しきれない震えがあった。恐怖だ。彼は理屈ではなく、生命の危機としてのトラウマを抱えているのだ。それは、かつての凪自身と同じもの。
「間違っていません。あなたの感覚は、正しい」凪は言った。「でも、道を切った結果、電気も通信も落ちかけている。切ったつもりのない命綱まで連鎖して切れている。それは……見えていますか」
葛城は答えなかった。手元のスパナを強く握りしめたまま、ただ沈黙していた。否定はしなかった。
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その夜、公民館の一室で、凪は三浦真理と向かい合っていた。
周囲は停電しているため、テーブルにはランタンが置かれ、三浦の開いたノートパソコンの液晶画面だけが青白く光っていた。Wi-Fiは死んでいるため、画面にはオフラインのデータが展開されている。
「完全遮断というのは、技術的に見て現実的ではありません」
三浦は淡々とした口調で説明を始めた。
「自動運転システムという巨大な保守ネットワークを排除すれば、村のインフラはすべて自然劣化に向かいます。変圧器にせよ通信の基地局にせよ、この村の規模で自前で人員を雇い、すべてを維持するのは不可能です」
「では、元のNERVAのシステムに全面依存すると?」
「いいえ」三浦は首を振った。「全部切るか、全部繋ぐかの二択じゃないんです」
三浦は画面のキーを叩き、簡易な回路図のようなものを表示させた。
「ローカルで理解し、制御できる範囲だけを残すんです。必要な保守車両はアクセスを許可し、緊急時に自分たちで物理的に道を閉じられるスイッチを残す。いわば半自動化です。"どこまで自分の手が届くか"で、線を引けばいい」
どこまで自分の手が届くか。
その言葉が、凪の胸にすんと落ちた。
何でもすべて外部のシステムに預けてしまうのが元の世界。
何もかも外部から遠ざけようとしたのが今のこのコミューン。
しかし、解決策はそのどちらでもない。自分たちの手の届く範囲で、システムと共存する接点を見つけることなのだ。
三浦が部屋を出て行き、凪は一人、暗い部屋に残された。
端末のライトだけを頼りに、バッグから紙の地図を広げる。
山の等高線が描かれた地図の上を、細い道が這うように伸びている。
「……道は、インフラのインフラだ」
凪の呟きが、静かな室内に吸い込まれていった。
明日、すべてを繋ぎ直すための提案をする。一つの正解を押し付けるのではなく、彼ら自身が自分たちの手で線を引くためのプランを。




