第13章「分かれ道」(2)道は繋ぐためにある
翌朝、凪は鳥の鳴き声で目を覚ました。
窓の外は深い霧に包まれており、遠くで川の流れる音が聞こえる。山の朝の冷気は澄んでいて心地よかったが、凪が公民館の外に出ると、そこにはいびつな日常の風景が広がっていた。
数人の住民が、ポリタンクを持って水汲みをしている。水道のポンプ設備への給電が不安定になっているらしい。畑に出ている老人の背中。旧校舎のグラウンドでは、子どもたちがボールを蹴って遊んでいる。その横では大人が数人、「なんちゃって学校」のような青空教室を開こうとしている。
村の電気は、まだらに生きていた。公民館と、それに近い数軒の家屋だけは点灯しているが、少し離れた家々は暗く沈んでいる。
すれ違う住民の何人かが、苛立たしげにスマートフォンを振っていた。
「また繋がらねえな」
「こっちはアンテナ一本立ってるぞ」
ギリギリの「圏外」と「一本」を行き来する、虫の息のような通信網。
昼前、凪は村で物資配達の役割を担っている男に頼み込み、彼の軽トラックに同乗させてもらった。昨日の大庭と同じ、村の中心部から入口の集積所へと向かう片道二十分のルートだ。
男は慣れた手つきでハンドルを回し、カーブをクリアしていく。
「あそこ、わかるかい」
男が顎で示したのは、昨日凪が通った村の入口の少し手前だった。「通行禁止」の手書き看板の横、アスファルトの上に黒々と残ったタイヤのUターン痕。
「あの痕は?」
「電力会社の点検の車だよ。ここから先は自動の車は入れないって突っぱねたら、呆れて帰っちまった」
男はどこか誇らしげに言ったが、凪の背筋には冷たいものが走った。
変圧器の定期点検が滞っているのだ。凪の頭に数字が浮かぶ。配電用変圧器の標準耐用年数は二十年。この村の変圧器は設置から二十三年。最後の点検記録は八ヶ月前。山の気候は厳しい。次に大きな嵐が来れば、老朽化した設備がダウンし、今かろうじて残っている村の電気も完全に落ちる。
軽トラックに揺られながら、凪は村の現状を一つ一つの要素として頭の中で結び合わせていった。
彼らは、ただ『道』の自動化を切ったつもりだった。
だが、道を切ったことで、保守作業員が入れなくなった。
作業員が来ないから、変圧器が点検されずに停電が増える。
停電が増えれば通信基地局の蓄電池が充電されず、通信が死んでいく。
通信が死ねば、救急隊を呼ぶことすら遅れる。しかも、広域の救急車は自動運転化されているため、呼ばれたとしてもここには入れない。
一つを切ったら、全部が連鎖する。それはまさに、凪があの日に経験したNERVA崩壊と、まったく同じ構造だった。
一つの巨大なシステムにすべてを預け、それが倒れたことで全てが終わった、あの日の恐怖。
一つのインフラ──道を切り離した結果、他のすべてのインフラが連鎖的に死んでいく、いまここにある恐怖。ベクトルは逆だが、起きている現象の本質は同じなのだ。
道に筋肉を戻す。それが、これからの自分の仕事だ。すべてをシステムに預けるでもなく、すべてを物理的に切断するでもない。システムを使いながらも、自分たちの手で制御できる余地──筋肉を残す。道は、すべてのインフラを支える土台なのだから。
夕暮れ時、役場に戻っていた大庭が、凪のいる公民館へと顔を出した。
暗い室内、固定電話の横に置かれたポットで、大庭が茶を入れる。
「わかっていたんです、こうなることは」湯呑みを見つめながら、大庭は呟くように言った。「いや、最初はわかっていなかったが、少しずつ崩れていくのを見て、気づき始めていた。……でも、後戻りはできなかった。わかっていて、止められなかったんです」
村を守りたかったという気持ちが強すぎて、自分たちを孤立させてしまった。その自責の念が、大庭の背中を丸めさせていた。
「止められなかったことより」
凪はお茶を一口飲み、静かな声で言った。
「今からどう開くかのほうが、ずっと大事です。道は繋ぐためにありますから」
大庭は顔を上げ、凪を見た。その表情から、わずかだけ強張りが消えていた。




