第七章 魂の諫言
左月斎の予想通り連合軍は“鶴翼の陣”で攻めてきた。両翼で囲んで捻り潰してしまおうという攻め方だ。
太鼓の音と共に、義重の檄が飛ぶ。
ドン、ドン、ドン、ドン
「両翼をもっと開いて伊達を囲め! 一匹たりとも逃がすな!」
佐竹連合軍の翼が広がる…。
だが所詮は寄せ集めの連合軍、隊形が整わず翼は広がりすぎて、いたる所に穴(手薄なところ)が出てきた。
伊達軍の遊撃隊がその穴を突いてきた事により、両翼は崩れて両軍入り乱れた状態になる。
更に待ち構えていた伊達成実の、鬼神の如き活躍や、配下の下郡山内記・伊庭野遠江守広昌らの奮闘もあって、連合軍は隊を成していなかった。
政宗は観音寺山の本陣から戦況を眺めていた。
「おおっ、我が軍が押しているではないか。そうじゃ、引くな、行け!」
政宗は勢い余って「小十郎、俺も行くぞ。馬を出せ」と言った。
「もう少し戦況を見てからの方がよいかと…」
「やかましい!小十郎、綱元、お前らも早く支度せい」
政宗は戦の渦に入って行った。
最初は左月斎の策もあって、五分五分の戦いをしていた、いやむしろ押していた。出だしが圧倒していたこともあり、政宗の気持ちも高揚してつい出過ぎて、逆に危ない場面も多くなってきた。
そして徐々に数に勝る連合軍に押され、政宗自身も矢傷や鉄砲を受けていた。このままでは主君の首も危ないと判断した片倉景綱と鬼庭 綱元は、政宗に撤退を進言。
しかし政宗は全く聞き入れない。
この状況に、左月斎も
「殿は若さ故、気持ちが逸っておるな。そしてその将の気持ちは兵へうつる。このままではいかんな…」
政宗の前に左月斎が静かに進み出る。
「殿、少々申し上げたき事がございます」
「なんじゃ、爺。撤退ならせぬぞ」
「殿はここにいて、何を成そうとしておられるのか」
「爺、何を言いたい?」
「最後まで戦い、敵を倒したとしても、こちらの被害も甚大になる事は明白。殿は、撤退する事は勇気のない人間がする事と思っておられるようにお見受けする。最後まで戦う事が勇気と思っておられるが、勇気の意味を履き違えておられるようですな」
「何を申すか、爺」
「大局を見据えずに目先の勝利を求める事は勇気とは言いませぬ。真の勇気とは、大義の元、知略、計略をもって勇略を成す事であり、計略無き勇は無謀と言います。今、強い意志をもって一戦交えたことで、大義は立ちました。ここに至っては勇気をもって退き、伊達の命を繋ぎ、次の戦いに備える。小利を捨てて大利を計る事が肝要。…とは思いませぬか…殿…」
左月斎の話し方は力強く、そして政宗を見る眼は優しかった。
政宗は少し考えた後、ふぅっと大きく息を吐いた。 そしてそれまでの険しかった表情は和らぎ、少年のような顔つきに戻っていた。
「ようわかった、確かに爺の言う通りじゃ、爺には敵わんな…」
「殿にそう言っていただけると、爺もここまで来たかいがあるというものです」
「言うたな、若輩者の分際で、はっはっはっ」
小十郎、綱元含め、周りにいる者たちが一斉に笑った。
そしてこの時の風だけは優しく吹いていた。
「皆の者、引き上げじゃ。成実の隊にも伝えよ」
政宗が号令をかけると、伊達軍は退却に転じた。
片倉景綱が左月斎のところにやってきた。
「左月斎殿、かたじけない、何から何まで…」
左月斎はにこりと笑い
「なあに、戦の場でなければ教えられん事もありますからな」
「さて、この後じゃが、小十郎殿、ここに名前の書かれている者をすぐにでも集めてくれぬか。六十一名おるが、この男、鬼庭辰兵衛に頼めばそんなに時間はかからぬはずじゃ」
「承知しました。すぐに集まるように伝えます」
小十郎は辰兵衛を探し、名前の書いた紙を渡した。
辰兵衛は、みんなのまとめ役的な男で、体系も少し細身ではあるが目つきは鋭く、何カ所かの刀傷もあり、戦に出た回数もかなりのもののようで、肝も相当座っている。そんな男が、左月斎から渡されたただ名前だけが書いてある紙を食い入るように見ている。そして深く目をつむった後
「小十郎さんよお、あとは俺達でやるから戻んな」
「えっ、よろしいのですか?かたじけない、辰兵衛殿」
そう言って小十郎は戻っていった。
「左月の爺さん、おいぼれを集めて、やる気だな。ここに書かれている名前を見ただけで、あの爺さんが何をやろうとしているかなんて、すぐに分かっちまうんだよ。まったく…」
そして紙を握りしめて、天を見上げて呟いた
「やってやるか…」




