第六章 四面埋伏の陣
天正十三年十一月
佐竹義重の呼びかけに応じ、須賀川には各地より続々と兵が集結していた。この時、政宗に加勢していた相馬義胤は、石川氏、結城氏などが反伊達連合に加わったことを知ると、相馬へ帰還した後に佐竹連合軍に寝返ってしまったのだった。
政宗は、佐竹連合軍が二本松城に向けて進軍しているとの報せを受けると、七千の兵を率いて本宮城に入った。
本宮城を出た政宗は、人取橋北側の観音堂に本陣を構えた。
本陣の東側、瀬戸川館に成実の部隊が待ち構える。
その頃、佐竹連合軍は青田原手前の狭道へと差し掛かっていた。 左手は切り立った壁、右手は阿武隈川。道幅は狭く、隊列は嫌が応にも縦に長く間延びする。
「動くな! 守りを固めよ!」
佐竹義重は、各大名たちの部隊に自身の息のかかった将を配し、厳重に統率を取っていた。頭上から岩が降ろうが、対岸から矢が飛んで来ようが、決して隊列を乱さず、守りに徹してこの狭道を抜け切る― それが義重の立てた確実な戦略であった。
「多少の被害は出たが、予定通りじゃ。青田原に出てしまえば、あとは大軍で押しつぶすのみ。くれぐれも相手の策にのせられぬ事じゃ」
――特にあの、おにじじいの策にはな……。
義重がそう呟いた、その時、狭道を抜けた先、北東の方角に高倉城が姿を現した。 見るからに守りは薄く、いかにも“取ってください”と言わんばかりの構えである。義重は一瞬でそれが囮であると見抜いた。
「功を焦るな! 動くな! あの城は罠だ!」
義重は全軍に、声を枯らして制止を命じた。しかし、その命令を無視して、一団の兵が雄叫びを上げた。寝返ったばかりの相馬義胤の配下の、功を焦った将が率いる二千の兵である。
「目の前の城を落とさずして、何が佐竹軍か! 功は我らが頂く!」
相馬の兵は義重の制止を振り切り、我先にと高倉城へ向かって突撃を開始した。
――馬鹿な、わしの命令が届いていなかったのか…。
義重は舌打ちをしたが、すでに遅かった。
相馬の兵は川を渡り、その先の湿原へと雪崩れ込んでいく。
そこは、人の背丈ほどもある葦が鬱蒼と群生する、底なしの沼地であった。 踏み入れた瞬間、葦の葉が擦れ合う不気味な音と共に、辺りは静寂に包まれた。
――誰もいない……?
相馬の兵が不審に思ったその時、風もないのに葦が一斉に揺れた。
兵たちは悲鳴を上げる暇もなかった。
すると今度は別のところで悲鳴が上がった。
葦の中から、突如として槍が飛び出し、先頭の兵を貫いたのだ。
「どこだ! どこから来る!」
混乱する相馬の兵。周囲を見渡すが、見えるのは風に揺れる葦ばかり。敵の姿は一切見えない。しかし、攻撃は止まない。
ヒュッという風を切る音がした。更に続けて二回。
姿なき敵からの矢が、葦の隙間を縫って正確に兵たちの喉元や眉間を射抜いていく。葦に足を取られ、身動きが取れない兵たちは格好の的であった。
「逃げろ! 戻れ!」
後方の兵が反転しようとするが、狭い湿原に二千の兵がひしめき合い、押しつぶされ、身動きが取れない。葦の中からは、伊達の伏兵が這い出し、倒れた兵に短刀で止めを刺していく。
狭道に残った佐竹の兵たちは、葦原の中から聞こえてくる悲鳴と怒号で葦が血で赤く染まっていく様子を、ただ恐怖に震えながら見ているしかなかった。
姿の見えない敵に、仲間の声が次々と消されていく。
やがて悲鳴は止み、葦原には朱色の絨毯が敷かれ、そして不気味に揺れる葦だけが残された…。 相馬の兵、二千、全滅。
これには義重も肝を冷やした。
「やはりあの鬼爺、罠を仕掛けておったか……。もし全軍で突っ込んでおれば、我らも危なかったわ……」
義重は、改めて伊達軍への警戒を強めた。
「だが、本当の勝負はこれからよ。……全軍、進め!」
佐竹軍は、青田原へと進軍。そこで両軍が激突した。




