第五章 数に挑む策
「先ず、これだけの兵力の差があれば、まともにぶつかっていては勝ち目など無い。相手の“数”に対抗するには相応の“数”もしくはその数に匹敵する戦い方、いわゆる“策”が必用となる。最初に陣形じゃが、相手はほぼ間違いなく鶴翼の陣を敷いてくる。恐らく中央の佐竹本陣が正面から押してきて、右翼と左翼で我らを包み込んでせん滅しようとするはず」
「何、せん滅だと」武将たちがいきり立つ!
「四倍もの兵力差があるので、当然考える事じゃ。しかしそれは青田原での話。我が軍は、固まって戦えば相手の思うつぼで、全滅する恐れが出る。そこで我が方の布陣じゃが、本陣を観音寺山に置けばよい。ここは高台で、戦況も確認しやすい地形じゃからのう。本陣の左翼に成実軍を配備。その数五百。場所は瀬戸川館。ここは前方に瀬戸川、東側に阿武隈川本流と、伊達本陣の側面を守るには絶好の場所となるはず。そして、機動力の高い遊撃隊を二隊ほど用意し、奇襲攻撃にて相手を攪乱するのじゃ。本隊は三部隊に分けて、一つは観音堂山に陣を敷き、残りの二部隊は瀬戸川後方に配置して、川を渡って疲れている敵兵を叩く。こうして地の利を確保するのが良いでしょう」
「なるほど…」
いつの間にか全員が身を乗り出して左月斎の軍略を聞いていた。
「最後に、この先の高倉城に千の兵を配備します。以上が最初の配置でございます」
政宗は口出しすることなく、眉間にしわを寄せながら黙って聞いていたが、「うーむ」と一声発した後
「爺よ、高倉城は少し離れ過ぎではないか?孤立して簡単に殲滅される危険性があると思うのだが…。のお小十郎、そう思わんか?」
すると景綱は「ハッ、」と何かに気づいた様子で呟いた。
「こ、これは連合軍の兵力を削ぎ取り、行軍を間延びさせるための…、罠…、囮……では」
左月斎は、その呟きを聞き取り
――小十郎殿は気づかれたみたいであるな…。
と、小十郎の洞察力に感嘆した。そして、その洞察力がどれ位のものか、左月斎は試してみたいという気持ちになっていた。
左月斎は続ける。
「殿、高倉城についてはこの後話すとして、決戦は恐らく人取橋南側の青田原になると思われます。故に、敵軍が青田原に出てくる前に、できうる限り少しでも相手を叩いて、なるべく多くの兵力をそぎ落としておく必要があります」
「敵軍を叩いておけるような所などあるのか?」
「はい。うってつけの場所が…片倉殿はどこだと思われますかな?」
小十郎は少し考えた後
「青田原手前の狭道」と答えた。
「お見事でござる」
左月斎は、自分の眼前で片倉小十郎という才能が、今まさに花開かんとしている事を感じ取り、無性に嬉しかった。
「小十郎、何故じゃ?」政宗が小十郎に尋ねる。
「ここの道は左手が壁、右手に川で、道も細いため、隊列も間延びします。そこに落石や弓、鉄砲などで攻撃されたら一たまりもないでしょう。だから相手は守りに徹して最小限の被害でいかに早くこの道を抜け出すかを考えるでしょう」
小十郎の明快な答えに深くうなずく左月斎。そして左月斎は更に試すように割って入る。
「殿、そこで高倉城です。この城にはどのような役目を持たせるのが良いと思われますかな?」
「役目じゃと?…そうだな、先陣を切ってその城から攻め込むにしても、孤立しているから数多くの兵は置けない、とすると、物見やぐらの様な使い道しか思い浮かばんが…」
「片倉殿も物見やぐらでよろしいかな?」
小十郎から帰ってきた答えは完璧なものだった。
「いや、わたくしなら罠を仕掛けて城を囮に使います」
「なに、罠を仕掛けて囮に使うだと?どういう事だ」
政宗は小十郎や左月斎の意図を図り切れずにいた。
「小十郎、分かるように説明しろ」
「はっ、先ほど話しました狭道での攻撃で、川側からの攻撃を行うには、高倉城がうってつけです。しかし、本隊から離れて孤立しており、兵の数もさして多くはないとなると、相手方は何を考えるか」
「それならばその城を奪って、川側からの攻撃を防げばよいと考えるのではないか?。二千から三千の兵で充分だろうからな」
「それが狙いであり、罠となります」
「な、なんと」
「私が調べたところ、相手方が高倉城を攻め落とそうと兵を差し向けた場合、城の手前に広がっている、身の丈もあるような葦の群生する湿地帯を抜けてこなければなりません。そしてそれは相手の位置からでは見えません。相手がうまく誘いに乗ってくれれば、湿地帯で身動きが取れなくなっているところを、予め埋伏させていた兵でその三千の兵を全滅させることも可能かと存じます。どうでしょうか左月殿」
小十郎が話し終えると、聞いていた者たちは皆驚きの声を上げた。
左月斎の表情は非常に満足気だった。
「片倉殿、わしの方から申すことは何もござらぬ…。成長されましたな…」
そして、政宗と、この軍議に集まった全員に向けて力強く言い放った。
「これぞ我らが秘策、四面埋伏の陣、にござる」
「うぉおおおお!」
集まっている武将たちが、地鳴りのような雄叫びを上げた。
「うむ、見事じゃ、さすが爺、頼もしい限りじゃ」
「いやいや、ほめるべきは片倉殿ですぞ、殿」
「わかっておるわ…」
そう呟いた政宗の顔は、少し申し訳なさそうな表情をしているように左月斎には見えた。
場が落ち着いたので、左月斎が全員に向かって再び話し始めた。
「孫子の兵法では、戦の優劣を予測するには五つの面を見比べれば良いと書かれております。その五つの面とは、道・天・地・将・法、です。
道とは、戦う目的のことであり、大義のこと。
我が方は亡き輝宗さまの弔い合戦という大義があります。故に士気も高い。
しかし相手はただ領地が欲しいだけの、あさましい兵の集団にすぎず、大義などありません。故に、道においては我が軍が相手の軍を凌駕しております。
天とは気象、天候のことであります。ここしばらくは雪のようですが、この雪により敵は遊撃隊の動きが掴めなくなるでしょう。我が方の遊撃隊にとっては、非常に有利な状況と言えます。
地とは、地形、地勢の有利さであり、予定通りに配置できれば、地の利はこちら側のものになります。将とは、上に立つ者として備えていなければならない条件で、才知、威信、仁愛、勇気、威厳など。そして法とは規律、賞罰の厳正さであります。
この五つの面のいずれを比べても明らかに我らが勝っております」
その場の全員の心が震えた。
「さすが策士良直じゃ。まだまだ教えてもらうことは多いようだな」
「かたじけなく存じます」
左月斎は深々と頭を下げた。
こうして軍議は終わった。
軍議の帰り際、左月斎は片倉景綱を呼び止めた。
「小十郎殿、すまなかった、余計な口出しをして…」
「いや、それより良かったのですか?あの様な事まで言って、仮に負けたら責を負わされ…」
左月斎は、景綱の言葉を遮り
「負けます。我が方は間違いなく負けます」
「ええっ、い、今何と申された?」
「小十郎殿、そなたが正しい。普通であれば一旦城に戻って軍を立て直すべきじゃ」
「ではなぜあのような事を?」
「あの殿の性格じゃ、父親を弔ってやりたい一心故、今は何を言っても聞く耳持たんでしょう」
「確かにそうではありますが…」
「だから、この戦の鍵を握っているのは、片倉小十郎殿、其方じゃ。奇策をもって敵を撹乱し、頃合いを見て素早く退却する事です。決して引き際を間違えぬように、よろしくお願い申し上げる。それから、退く際の道中は十分に気を付けられるように、頼みましたぞ、小十郎殿」
「はっ、しかと心得ました」




