第四章 軍議
左月斎は軍議の場へ入り、末席に座した。
蝋燭の炎が静かに揺れながら各武将の表情を照らし出している。
集まった部屋の中は緊張が張りつめていた。
最初に政宗が口火を切った。
「今、わが軍は二本松城を攻めているが、これは父の弔い合戦であるという事は皆知っての通りじゃ。しかし今、二本松の奪還と奥州の安定を掲げて佐竹が連合軍を率いて北上しているとの知らせが入った。その数およそ三万」
三万という数を聞き、場内はざわめき立った。
政宗は家臣たちが騒いでいるのを横目に見ながら続けた。
「俺は軍を割ってでも佐竹と対する他無いと思っている。今、二本松城を攻めている一万三千の中から七千の精鋭部隊を作り、佐竹を迎え撃つ。残った者たちは引き続き二本松の城攻めを行なうものとする」
この言葉を聞いて、更にざわめき立った。
「おいおい、三万の大軍にたったの七千で当たるっていうのか?」
「いくら何でもばかげている」
「噂通りのうつけだな…」
政宗は、家臣たちの呟きが聞こえていたが、敢えて黙していた。
ただ、小声でこの様な事を呟いているものは多かったが、表立って意見を言うものは誰もいなかった。
――ふん、裏では好き勝手なことを言っているが、いざとなったら堂々と意見もできぬとは…情けない…やはりこの三人か…。
政宗は、片倉小十郎景綱、伊達成実、鬼庭綱元、に目をやった
「この考えに異議のある者はいるか」
政宗が聞いても、重苦しい空気が流れるだけで、どの顔もうつむき加減になり、ここで発言するには相当の覚悟が必要だった。
梟の鳴き声と松明の木が燃え焦げるだけが、やけにはっきりと夜の闇の中から聞こえてくる。
この様な状況で真っ先に発言したのは、やはりこの男、片倉(小十郎)景綱だった。
沈黙を打ち破るように景綱が言葉を発した。
「恐れながら申し上げます」
「なんだ小十郎、言ってみろ」
政宗はその隻眼で景綱を睨みつけた。
その場にいる全員に緊張が走った。
景綱は、政宗の怒りを買わぬよう、言葉を選びながら話す。
「敵兵三万、我が軍七千。いくら向こうが寄せ集めの烏合の衆だとはいえ、ここまで兵力に差があると、いくら精鋭部隊であろうと、危ういのではないかと存じます。ここは一旦退いて、兵を増強し部隊を立て直すべきかと…」
ここまで言ったところで政宗は反対側に座っている伊達成実に顔を向けた。
「藤五郎、お前はどう思う?」
「ははっ、私くしも片倉殿と同じ考えにございます」と返した。
政宗は更に隣に座っている鬼庭綱元に向かって 問いただした。
「ほほぅ、綱元お前も一緒か?」
今度は鬼庭綱元の意見を求めた。
「恐れながら…」とだけ答える綱元。
綱元がそう言い終えると、政宗の表情が見る見るうちに険しくなっていくのが、誰の目にもわかった。これからの伊達家を担うであろうと期待されている三人が、揃いも揃って政宗と反対の意見を言ったのである。これに同席した他の家臣たちは、冷や汗をかきながらただ固唾を飲んで見守るしかなかった。
末席でこの様子を見ていた左月斎は危険を感じていた。
――これはいかん…。こうも真正面から否定されると、あの性格だから、ますます意固地になってしまうのは目に見えておる…。
左月斎は腹をくくった。
「殿、一つよろしいかな」
末席の方から突如として声が発せられたので、皆が驚いたように振り返った。
「おおっ、爺か。申してみよ」
場にいた全員が左月斎の言葉に注目した。左月斎なら政宗を諫めてくれるに違いないと思っていたからだ。しかし左月斎は、全員思っている事と逆の事を話し始めた。
「では恐れながら申し上げます」
静寂が辺りを包み込む。
左月斎は、力強く、そしてゆっくりと話し始める。
「先ずはこの場においでの伊達家家臣団の皆々様に問いまする。亡き輝宗公よりの恩義は全く受けておらぬと申される方…、この場に居りますかな…?」
皆黙っている。
「それがし、分不相応の数々のお役目をいただくなど、輝宗公より受けた恩義は数知れませぬ…。皆様方もそうではございませぬか?、そのお方が、あのような無念な最期を遂げざるを得なかった事、我々にとって耐えがたきことであり、首謀者の畠山義継をはじめとして、その一族郎党、輝宗公拉致に協力した者たち全てを、決して許す訳にはいきませぬ」
「うむ」
政宗が深く頷く。
大地が震えるような左月斎の言葉に、誰も何も言えなかった。
「その弔い合戦だと言うのに、相手方に援軍が来たからと言って、一戦も交えずにおめおめと逃げ帰るなど、もっての外」
政宗は腕を組み、うつむいた状態で何度も何度も首を縦に振りながら左月斎の言葉をかみしめるように聞いている。
「もし戦わずして退却などしようものなら、末代までの恥となりましょうぞ」
左月斎の予想外の言葉に、皆驚きを隠せないでいたが、政宗だけが我が意を得たりと言った面持ちで左月斎の言葉を称賛した。
「よう言うてくれた、爺。まったくもって爺の言う通りじゃ」
すると、政宗がそう言ったところで、左月斎は更に思わぬことを言い始めた。
「ですが、殿…」
「ですが、とはなんじゃ…、まさか結局爺も皆と同じように退却せよと進言するのではあるまいな?」
「いえ、そうは申しておりません。この戦を行うためには一つの条件を呑んでいただく必要があると申しておるのです」
「条件とな?」
「はい、そしてその条件を殿に必ずや認めていただきたいのです」
政宗は少し考え
「わかった、先ずはその条件とやらを聞こう」
政宗が左月斎に問うと、意外な答えが返ってきた。
「それがしも七千の兵の中に加えていただきとう存じます」
「な、なんと」
政宗は少し驚いて
「此度の戦に参加させよと申すのか?」
「はい、そして更に言うと、私に策がございますので、それを使っていただきたいのです。それら、つまり、この左月斎の参陣と策の実行、この二点がいわゆる、条件、であります」
左月斎は、言い終えると、深々と頭を下げた。
正宗は半ば呆れたように
「爺よ、隠居した身で、わざわざその様な危険な場所に行かずともよいではないか。自ら進んで戦場に出向くなど、そなたはいったい自分をいくつだと思っておるのじゃ?」
左月斎はニコリと笑い、ゆっくりと答えた。
「七十と三の、まだまだ若輩者にございます」
左月斎がそう言うと、その瞬間、会議の場にいた者たちは、全員目を丸くした。
そしてその後ドッと笑いが起きた。
「なに?若輩者と申すか? 爺が若輩者と言うのであれば、我らなど赤子同然ではないか。はっはっは、これは参った、よかろう、その若輩者の参陣を許すとしよう」
「ははっ、ありがたき幸せにございます」
左月斎は再び深々と頭を下げ、同時に景綱の方を見てニコリと頷いた。景綱は綱元に小さな声で
「綱元殿の御父上のおかげで命拾いしました…かたじけない」
そう言うと、
「私も、父はてっきり殿を諫めてくれるものとばかり思っていました。完全に読みを誤っておりました」
綱元はそう言うと、ふぅーっ、と大きく息を吐き、安堵の表情を見せた。
とりあえず落ち着きを取り戻した政宗は、続けて問いかけた。
「して爺よ、その策とはどういったものか、皆に説明してはくれないか?」
政宗の問いかけに対し、左月斎は力を込めて話し始める。
「では恐れながら、此度の戦の相手側の陣容と動き、そしてそれに対するこちらの陣立て、最後に我が奇策、四面埋伏の陣、を説明いたします…」




