序章二 野盗襲来
「ふぅっ」
男は溜息ともとれるような大きな息を吐いた。その吐いた息が一瞬にして白い塊となり、男の顔面に纏わり付く。
男の名は血塊牙。野盗集団の頭目だ。
空はすっかり鉛色に染まり、その空から生まれた小さな綿のような雪は空中をゆっくりと舞い、地面に落ちては消えてゆく。その雪を一歩一歩踏みしめながら、これまでのいきさつを思い出していた。
ここは南奥州の仙道から西側の山間。殆ど獣の通るような山道だ。
手下九人と、既に相当な距離は歩いている。
先頭を歩くのは道案内の腰の曲がった男だ。この山の麓の村の者で、名は国次と言っている。
男たちは、この山の麓にある集落を襲うため、皆で計画を練る準備をしていた。
少し前まで使っていた洞窟は、雨風は凌げるし、強奪した金品を隠しておくのには丁度良いのだが、何しろ暗くて寒い。
だから最近は、適当な空き家を見つけて使っている者もいれば、女郎屋に朝まで居座る者もいる。
その様な訳で洞窟は誰も使っていないので、今度の計画の話も、女郎屋をほぼ借り切って行なった。
だが、全部借り切った訳ではないので当然他の客もいる。
部屋で計画を練っている途中、厠に立って廊下に出たとき、突然背後から男が話しかけてきた。腰の曲がった、卑しそうな男だった。
「旦那、聞くつもりはなかったのですが、あれだけ大きな声で話しておられると、どうしても耳に入ってきてしまいまして…悪いとは思いましたが、少しばかり話を聞かせてもらいました」
男は話しかけてきた男のむなぐらを掴むと、他の者に聞こえないように低く小さな声で言った。
「貴様、何者だ、どこまで話を聞いた? 返答次第では明日のお天道様は拝めないと思え」
「いいんですか、私を殺しちまったら、これから話す面白い話はもう二度と聞くことができませんよ、旦那」
国次、と名乗るその男は、山奥の更に奥にある茂庭村について話し始めた。その話は、盗賊たちの興味を掻き立てるには充分だった。
隠し財宝の中には、南蛮渡来の装飾品なども入っていると聞き、手下たちは俄然色めき立った。
男達は、襲った村の人間は一人残らず始末することにしている。同じ盗賊の中には、女をさらって金に換えるやつもいるが、そんな面倒なことはしない、皆殺しだ。それが一番簡単で楽だからだ。今度もそうするつもりで麓の村に狙いを定めていたが、予定を変えて国次とやらの話に乗ってみることにした。
――この先の山奥にある村には更に凄い宝があって、しかもその村まで案内できる者は自分しかいないなんて言うものだから、この男についてはきたものの…、本当にこんな奥に集落があるのか怪しくなってきたな。こいつはとんだ食わせ物だったかもしれねえな…。
この男を疑いかけたその時、国次は急に振り向いた。
「見えました旦那、この先にある分かれ道を右に下っていけば、茂庭村に入ります。村への出入り口はその場所だけで、他は無いはずです」
「ほう、奥州の深い山中にも、いくつかの隠れ里があるとは聞いてはいたが、こんな山の中にもあるとは驚きだ」
「か、頭、いつもの手はず通りですね」
「待て、焦るな」
男は村の様子をじっと眺めた。
――まだ炭の焼ける匂いがするし、煙の出ている家もある。もう少し待った方がいいな…。
手下にもう少し待つように言い聞かせ、自分も近くにある大きな石の上に腰かけた。
ここで国次が妙なことを話し始めた。
この村の者は“風を読む力”があるという事だった。だから用心しろと言う事らしい。しかし用心すると言っても、風を読むということがどんなことなのか知らなければ、用心のしようがない。
「風を読む、だと、どう言う事だ」
「なんでも、小さい頃から訓練を受けて、木の葉が触れ合う音やら、鳥が羽ばたく音やら、雪が枝から落ちる時の音やら聞かされているって話ですが、まあ、あくまでも“噂”ですがね」
「ふん、“噂”ねぇ…」
「そもそも、そんな力があっても、何の役に立つんでしょうかね」
しばらくして村が完全に寝静まった頃、盗賊たちは動き始めた。
「いつも通り村の出入り口を塞いで、寝込みを襲う。外に逃げ出した村の人間は切り捨てる。いいな」
手下たちは声を発することなく、頭を縦に大きく振った。そしてそれぞれ散っていった。
男は刀を抜いて待っていたが、いつものような抵抗する物音や外に逃げてくる村人もいない。だが、かすかな物音がしていることは確かだ。 明らかにいつもとは何かが違うと感じていた。
時間だけが過ぎてゆく。
――遅い、遅すぎる。何かが変だ。あいつら何してやがる…。
俺はいらついていた。すると突然後方から声がした。
「御仁、誰かをお探しか」
後ろの暗がりから声がして、男は一瞬心臓が止まるかと思った。
振り返ってみると、声を発した主がそこにいた。老女だった。男はまた驚いた。気配が全く感じられなかったからだ。
「なんだ、ババアじゃねえか、驚かせやがって…、なんだ?…何見てんだ?殺されたいのか?」
老女は男をじろじろ眺めて呟いた。
「可哀そうに、何にも知らぬようじゃな…」
――何言ってやがるんだこのババア…。
男は何か薄気味悪いものを感じていた。その時、家々から人が出て来る音がした。
「おい、お前ら遅いじゃ…、なっ何、どういう事だ」
男は絶句した。
出てきたのは皆村人だった。しかも身動き一つしない手下たちを引きずりながら…。
現れた村人たちの一人が、引きずってきた男を放り投げて言った。
「探しているのはこいつらの事かな?」
他の者も一斉に放り投げた。
手下は全員この村の者たちによって殺された事は、引きずられている手下の姿を見れば、一目瞭然だった。
いったい何が起こっているのか、男には想像もつかなかった。そして瞬く間に周りを村人たちに囲まれた。
驚いた事に村人たちは武器は持っておらず、全員素手だ。
男は、周りを囲まれていても、刀がある自分の方が有利で、負けることはないと思っていた。
「おいっ、お前ら、手下に何をした?」
男は村人に向かって言った。すると村人の一人が
「お前らこそ何の用があって来た、金目の物でもあると思ったか」
「うるさい、黙れ」
男は、周りを取り囲んでいる村人をぐるりと眺めた。その村人たちの中に国次がいる事に気が付いた。しかも今は腰は曲がっていない。
男は下唇を強く嚙んで、激しく後悔した。
「きっ、貴様」
男は国次を強く睨みつけた。
「ようやく気が付いたか。ここは私の村だ。茂庭村は隣で、ここは鬼庭村だ。お前らもあんな大声で話してたら計画が筒抜けだぞ」
男はどうしても腑に落ちなかった。計画を全部知った上でなぜ自分の村をわざわざ危険にさらすような真似をするのか?
国次の返す言葉は実に意外なもので、盗賊たちの理解の範囲をはるかに超えたものだった。
「麓の村が可哀そうだったから、守ってやっただけの事よ。この村の掟にある“力は守るべきもののために”に従ったまでだ」
別の村人が言った
「盗賊ごときが突然現れたところで、風を読めばどんな奴が何人来たか、何をしようとしているか、知る事など造作もないわ」
「風を読む、だと?ふざけるな、死にやがれ!」
一人の村人に向かって切りかかっていった。すると、その村人は紙一重で刀をかわして、そのまま風の流れに沿って体を回転させて男の背後に回り、首に手刀を当てた。
首筋に強い衝撃が走り、何かが折れたような鈍い音がして、俺はその場に崩れた。
――くっ、首をやられた…、つ、強い…。
男はようやくわかった。ここにいる者たちは人間ではない、鬼そのものだ、と…。
男の意識は風によって飛ばされ、消えた。




