序章一 風の民の村
「ほらっ、国次郎、起きて早く支度しな」
まだ八歳の少年、国次郎は、母親のせかす声を横目に、眠い目をこすりながら大きなあくびを一つした。
ここは南奥州の仙道から山側に四里ほど登った山間の村で、周囲からは「鬼庭村」と呼ばれていた。
平安時代末期の源平合戦で活躍した武将「斎藤実盛」が、この村の祖ではないかとも言われている。
日に日に寒さが増してくる晩秋のある日、国次郎は布団から離れたくない気持ちを押し殺して、ゆっくりと立ち上がった。服を着ると、水おけに溜めてあった井戸水で顔を洗った。
「ひや~、冷てぇー」
まだ、桶に氷が張るような時期ではないが、それでも手ですくった水の冷たさは、国次郎の小さな手や頬を一瞬痺れさせた。
家から出る前に、平手で自分の頬を三回叩き、気合をつけてから村の広場に駆け付けた。広場には既に何人か来ていて、既に鍛錬を始めている者もいた。
じっと聞き耳をたてている者、武術のような動きを繰り返している者もいる。
この鬼庭村の十歳以下の子供たちは全員、男子も女子も例外なく早朝の鍛錬に参加させられる。
風読術の鍛錬で、空気の流れや揺らぎを感じとる鍛錬である。
子供たちに教えているのは、この村の長老だ。
国次郎は、いつもの場所に着くと長老に向かって
「国次郎です。始めます」と言って目を閉じた。
「国次郎よ、何が聞こえる?何が見える?」
「はい…」
そう言って少し考えてから
「遠くで鳥の羽ばたく音が聞こえます」
「遠くとは、どれくらい遠くじゃ?鳥は何羽おる?」
じっと考える国次郎
「大体…、半里ほど先…、数は…五羽…いや、六羽…」
かなり迷っての回答だったが長老は。
「慌てなくてもよい。羽音は一羽一羽皆異なる。まじりあう羽音に気を付けて、落ち着いて聞くことじゃ」
国次郎は慎重に音を探っている。
そして
「…三羽」
「正解じゃ。お前なかなか筋がいいな」
そう言って長老は目を細めた。
次に長老は、ゆっくりと小石を拾い上げ、少し間を置いた後、手に持っている小石を指で弾いて国次郎に向けて飛ばした。
すると国次郎は目をつむったまま体を素早く左側に傾けた。そして間一髪のところで小石を交わした。
「ほう…、国次郎、どうして避けることができた?」
「はい、前方右側の空気が動いたのを感じたので、何かが飛んでくると思い、左側に避けました」
「国次郎よ、それが風読術じゃ」
吾市郎が目を開けると、目の前の長老が笑顔で国次郎を見ていた。
「今はまだ小石を避ける程度の感覚しかないかもしれんが、鍛錬を積んでいけば、狙った相手が何をしようとしているのかが、手に取るようにわかるほど感覚は研ぎ澄まされたものになる。これは戦においても大きな武器になる」
「私もそこまで出来るようになるのでしょうか?」
「案ずるな国次郎」
「はいっ」国次郎は元気に答えた。
それを見て長老は、だまって二回頷き、そして目を細めた。




