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第十二章 それぞれの戦い

 左月斎が雪の上に倒れた瞬間、戦場の風が変わった。

それまで六十人が作っていた“壁”が崩れ、佐竹軍の怒号が一気に押し寄せる。

「鬼庭左月斎、討ち取ったぞ!!」

 その声が雪原に響き渡った。

 だが――その声を聞いた伊達の武将がいた。

 伊達成実である。

成実は、左月斎が倒されたと聞いて、血の気が引くのを感じた。

「……左月様……!」

 次の瞬間、成実は馬を蹴り、敵陣へと突っ込んだ。

「政宗様を逃がせ!!ここは我らが食い止める!!」

成実の大槍が唸りを上げ、敵兵を次々と薙ぎ倒す。その姿は、まさに“鬼神”そのものだった。

「なんだあの武者は……!?」

「一人で十人を相手にしているぞ!!」

「近づくな! 殺される!!」

成実は叫んだ。

「左月様…あなたが繋いだ時間、無駄にはしませぬ!!」

 成実は、兜の前立てにあしらわれている百足同様、一歩も下がることなく奮戦した。

その頃、政宗は小十郎に導かれ、人が通らぬ獣道を進んでいた。

「小十郎、ここは……道ではないぞ」

「道ではございませぬ。ですが、敵も通れませぬ」

雪に覆われた急斜面、倒木の下をくぐり、岩場をよじ登る。

政宗は息を荒げながら言った。

「……左月斎が……倒れたのか」

小十郎は答えなかった。ただ、前を向いて進み続けた。

「殿、急ぎませ。左月殿の命を無駄にしてはなりませぬ」

政宗は唇を噛んだ。

「……わかっておる」

背後から、敵の怒号が近づいてくる。

「政宗を逃がすな!!」

「いたぞ! 追え!!」

 政宗は振り返り、その距離の近さに息を呑んだ。

「小十郎……追いつかれる……!」

「殿、兜をお脱ぎくだされ」

「なに?」

 小十郎は政宗の兜を受け取り、自らの頭にかぶった。

そして、政宗の声色を真似て叫んだ。

「小十郎よ、よくやった、褒めて遣わす!!」

 敵兵が一斉に反応する。

「政宗だ!!あそこだ!!」

 小十郎は馬を返し、敵の方へ駆け出した。

「殿、今のうちに!必ず、生き延びてくだされ!!」

 政宗は叫んだ。

「小十郎!!死ぬな!!」

 小十郎は振り返らず、ただ敵を引きつけるために走り続けた。

その背中は、まるで左月斎の背中と重なって見えた。

小十郎が囮となって敵を引きつける一方、成実はなおも戦場で敵を食い止めていた。

「成実を倒せ!!あいつ一人で戦線が崩れぬ!!」

「無理だ!近づけん!!」

 成実の槍は、まるで風そのもののように動いた。

「左月様……あなたの背を、今度は私が守る……!」

 成実の奮戦が、政宗の逃走にさらに時間を与えた。

 政宗は小十郎の囮と成実の奮戦により、ついに城の見える丘へたどり着いた。

 雪が頬に当たり、胸の奥が熱くなる。

「……左月斎。小十郎。成実……」

 政宗は拳を握りしめた。

「必ず……必ず、この借りは返す」

風が吹いた。その風は、左月斎が最後に読んだ“風”と同じ匂いがした。

 戦火に焼かれ、陽が傾き始めた頃、伊達政宗は本宮城へと退いた。 小十郎も成実も奇跡的に逃げ延びる事ができた。

 政宗が、こぶしを強く握りしめ呟く

「退いて勝ちを拾うか。よもや本宮城が命の橋となろうとは…」

 城内では急ぎ籠城の準備がなされ、明かりが灯るのはわずかばかり。 しかしこの夜が、静かなる炎を孕んだ一夜となることを、誰も知らなかった。

 月も雲に隠れた深夜、本宮城に凶報が届いた。

 佐竹家の猛将・小野崎義昌が、家臣によって刺殺されたという。

「主が刺された⁉︎ まさか、敵の間者か!」

「否……これは身内に火が回ったのでは……」

 突如として連合の統制が緩み、佐竹義重の激昂は兵をも震わせた。 武将たちの視線は、次第に“引き際”を計る色を帯びてゆく。

追撃の報せが届く。安房の里見、江戸の北条――

 彼らが佐竹本国へ攻め入ったという知らせが城内の空気を凍らせた。

義重は怒り狂った。

「我が背が焼かれておる⁉︎ 本国が危ういのか? あと一歩と言った時に…」

佐竹義重は唇を嚙んだ、そしてすぐさま撤兵を決断する。

 これにより、連合の崩壊が始まり、伊達の首は繋がる。

だが、あまりに都合よすぎる展開に、政宗は眉をひそめた。

 夜明け前、本宮城にひとりの密使が到着する。

 全身を黒で纏ったその者は、黒脛巾組の子龍と名乗った。

 彼が携えた文には、左月斎の名が記されていた。

「前田沢兵部には流言を、佐竹家には内応者を、北条方には“餌”を与えました」

 政宗達は、この時初めて理解した。

「すべて……あの方の仕込みだったか」

「死して尚、余を導く……父祖とはかく在るものよ」

 左月斎の布いた三重の策――裏切と情報操作、そして誘導――がすべてを導いていた。

 政宗は目を閉じ、静かに呟く。

「知略、ここに極まる…」

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