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第四章 100%の大株主



「意味が分からない」


健太が呟いた。


「お前は嫁だろ」


「そうね」


「嫁が母さんの相続人になるわけないだろ!」


「普通ならね」


「だったら!」


「でも私は、普通の嫁じゃなくなったの」


美咲はバッグを開けた。

そして一通の書類を取り出す。

テーブルの上へ置く。


健太は奪うように手に取った。

目を走らせる。

そして固まった。


「……養子縁組?」


「そう」


梨奈が身を乗り出した。


「誰と誰が?」


「私と、お義母さん」


「いつ……」


「三年前」


美咲は答えた。

和子のリウマチが悪化し始めた頃だった。




ある日の午後。

和子は突然、美咲に言った。


――美咲さん。お願いがあるの。


――なんですか?


――私の娘になってくれない?


美咲は笑った。

冗談だと思った。

だが和子は笑わなかった。


――私はね。


和子は震える手で、美咲の手を包んだ。


――あなたに十年近く世話になっているから財産をあげたいんじゃないの。


――そんなもの、いりません。


――分かってる。


和子は笑った。


――だから、あなたにあげたいの。


――お義母さん。


――お金目当てじゃない人だから。


美咲は何も言えなかった。


――健太には、何度も機会を与えた。


和子は遠くを見るような目をした。


――でもあの子は、私を母親だと言いながら、母親として大切にはしてくれなかった。


――そんなこと……


――私はね、美咲さん。


和子は言った。


――自分の老後に一番近くにいてくれた人を、娘と呼んで死にたいの。


美咲は泣いた。

和子も泣いた。


その一か月後。

二人は正式に養子縁組をした。

健太には知らせなかった。

和子の希望だった。


――あの子が知ったら、急に優しくなるかもしれないでしょう?


和子は寂しそうに笑った。


――私は最後くらい、人間の本当の顔を見ながら生きたいの。


そして。

健太は最後まで変わらなかった。




現在。

健太は書類を握りしめている。


「こんなの……」


「正式に届け出てあるわ」


「無効だ」


「どうして?」


「母さんは病気だった!」


「リウマチよ」


美咲の声が冷たくなる。


「判断能力には何の問題もなかった」


佐藤が補足する。


「私も和子さんから相談を受けていました」


健太が佐藤を睨む。


「知ってたのか」


「はい」


「俺に黙って?」


「和子さんから口止めされていました」


「ふざけるな!」


健太が書類をテーブルへ叩きつける。

美咲は淡々と続けた。


「お義父さんが亡くなったあと、会社の株式は最終的にお義母さんがすべて保有していた」


「……」


「そして今回、それを相続したのが私」


「……」


「百パーセント」


梨奈が小さく息を呑んだ。

健太は何も言わない。


美咲は健太を見た。


「つまり」


そして微笑んだ。


「私がこの会社のオーナーなの」


一拍置く。


「あなたの人事権も、ね」


健太の顔から、見る見るうちに血の気が引いていった。


数分前。

この男は佐藤に辞表を書けと言った。

美咲には離婚すると言った。

自分を押さえつける邪魔者を排除する、と。


それが今。

自分の運命を握っている女を前にしている。


「なあ」


健太の声が変わった。

美咲は気づいた。

十数年一緒に暮らしてきて、一度も聞いたことがないほど柔らかい声だった。


「美咲」


「何?」


「さっきのは……」


唇を震わせる。


「冗談だよな?」


美咲は答えなかった。


「な?」


健太は笑おうとした。

引きつっていた。


「俺たち家族じゃないか」


美咲はただ、その男を見つめていた。

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