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第二章 四十九日の裏切り宣言


四十九日の法要が終わった日の夜。

健太が予約したのは、都内の高級レストランだった。

個室の中央に置かれた大きなテーブル。

そこには美咲、健太、梨奈。

そして会社社長の佐藤が座っていた。


「珍しいですね」


佐藤が言った。


「健太君から食事に誘われるなんて」


健太はワイングラスを揺らした。


「今日は大事な話がありますから」


妙に機嫌がいい。

美咲には、その理由が分かっていた。


料理が運ばれてくる。

健太は乾杯もそこそこに、ナプキンをテーブルへ置いた。


「じゃあ、さっそく本題に入りましょうか」


佐藤が箸を置く。


「何でしょう」


健太は椅子にもたれかかった。


「佐藤さん」


「はい」


「明日、辞表出してください」


沈黙。

佐藤は目を瞬いた。


「……私が?」


「ええ」


健太は笑っていた。


「長い間、ご苦労さまでした」


「理由を聞いても?」


「決まってるでしょう」


健太は自分の胸を指さした。


「俺が社長になるからですよ」


梨奈が嬉しそうに笑う。


「やっとだね、お父さん」


「ああ」


健太は得意げだった。


「親父が死んだあと、なぜか佐藤さんが社長になった。まあ、母さんがあなたを信用していたから仕方ないと思って我慢してましたけど」


佐藤は黙って聞いている。


「でも母さんも死んだ」


健太はワインを飲んだ。


「会社は俺のものになる」


美咲は静かに水を口へ運んだ。

健太はさらに続ける。


「俺が全株式を相続するんですから、当然でしょう?」


「なるほど」


佐藤が答えた。

それだけだった。

健太は眉をひそめた。


「何ですか、その反応」


「いえ。続けてください」


「もちろん」


健太は今度は美咲を見た。


「それから、美咲」


「何?」


「俺たち、離婚しよう」


梨奈が一瞬だけ父親を見る。

だが驚いている様子はなかった。

知っていたのだ。

美咲は確認するように聞いた。


「離婚?」


「ああ」


「どうして?」


「どうしてって……」


健太は笑った。


「もうお前に用がないから」


その言葉に、さすがの佐藤が顔を上げた。

美咲だけは表情を変えなかった。

健太は続ける。


「母さんの介護があったから今までは我慢してた。でも、もう終わっただろ?」


「我慢していたの?」


「そうだよ」


「十年間?」


「ああ」


健太はため息をついた。


「家に帰れば介護、介護。お前はいつも疲れた顔。旅行もろくにできない。俺まで人生を犠牲にしてきたんだ」


美咲は健太を見た。


「あなた、お義母さんの介護、一度でもした?」


健太の顔から笑みが消える。


「そういう細かい話をしてるんじゃない」


「病院に連れて行ったことは?」


「美咲」


「身体を拭いたことは?」


「黙れよ」


「夜中に三時間おきに起きたことは?」


「だから!」


健太がテーブルを叩いた。


「俺は外で働いてたんだよ!」


梨奈が呆れたように言う。


「もういいじゃん、お母さん」


美咲は娘を見る。


「梨奈」


「何?」


「あなたも知ってたの?」


「離婚のこと?」


「そう」


梨奈は少しも悪びれず頷いた。


「うん」


「そう」


「お母さんも、これから自立したら?」


「自立?」


「今どきずっと専業主婦って、ちょっと痛いよ」


佐藤が梨奈を見る。


「梨奈さん」


「なんですか?」


「お母さんが十年間何をしていたか、あなたは――」


「佐藤さん」


美咲が止めた。

そして娘を見る。


「続けて」


「別に」


梨奈は肩をすくめた。


「離婚したら、お母さん一人になるじゃん。でも私には頼らないでね」


「……そう」


「私もこれから会社で働くし」


「会社で?」


「うん。お父さんが入れてくれるって」


健太が嬉しそうに頷く。


「まずは企画部あたりがいいだろ。俺が社長になったら役職も――」


「なるほど」


美咲は初めて少し笑った。

健太が眉をひそめる。


「何がおかしい?」


「ううん」


「とにかく」


健太は再び胸を張った。


「俺はこれから新しい人生を始めるんだ」


そして佐藤、美咲の順に指を向けた。


「俺を押さえつけていた邪魔者たちを排除してな!」


しばらく。

誰も話さなかった。

勝ち誇る健太。

父親の隣で笑っている梨奈。


美咲は佐藤を見た。

佐藤も美咲を見る。

二人は同時に、小さくため息をついた。


「な、なんだよ」


健太が言った。


「その態度」


美咲はテーブルの上で両手を組んだ。


「じゃあ、私からも話していい?」


「何だよ」


「まず佐藤さん」


「はい」


「社長を辞める必要はありません」


健太の顔が固まった。

美咲は続ける。


「定年まで会社を見ていただきます」


佐藤が静かに頭を下げる。


「承知しました」


「……は?」


健太だけが、意味を理解できていなかった。

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