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明け待つ芍薬  作者: 烏野 佐枇
6章 色の滲む環
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色の滲む環(7)

 ふと顔を上げれば、仁と目が合った。表情は柔らかく、どこか楽しげな様子だった。


「何事にも動じないのが君の良いところだ」

「……動じていないように見えますか?」

「いや、もっと言うならば、内心動じているが表面を繕うのが上手い」


 千和は微かに目を細めた。そういう自覚は無かったが、思い返してみればそうかもしれない。見透かされた気がして気恥ずかしくなる。


「さらに言うならば、和泉くんを護る上で、自分の気持ちを外に出すのを避けていたようにも見える」

「っ……それは」


 図星を突かれて、千和は面食らう。明確に自覚していたわけではないが、何事にも優先すべきは和泉のことだった。そうする上で自分の気持ちは邪魔になる。千和の中ではそういう理解だった。


「和泉くんといる時。彼と引き離されて今のように一人の時。千和は全く違う顔をする。言うなれば、そうだな……年頃の素直な少女、いや女性と言うべきか」


 仁は滔々と語る。彼が何を目指して話を進めているのか。千和はこの前の優雅な雑談とは風向きが違うと感じていた。


「だけどそれにも慣れていないようだ。表情が硬いことがよくある。これまでいた環境があまり健全では無かったからだろう」

「……私の人生を否定するんですか」

「いいや。むしろ尊重したい。君にはこれまで一人の時間が無かった。染原千和という一人の女性が生きるには、あまりにも狭い鳥かごだ。だからその先に、少しの庭園を加えたいと思ってね」


 これは口説きだ。

千和はそう直感した。

 だが色恋に興じての事ではない。自分を見つめるモガリの目が熱いのは、組として利用価値があるからで、これは本格的に引き入れるための口説きなのだ。


「それが、京月組での時間だと?」

「一人で行動すると、和泉くんのことが心配だろう。あの家に置いておくのも完全に安全とは言えない。だからどうだろう、君たち二人でうちに来るというのは」

「…………」


 ドクン、と心臓が動いた。これまで組の目が及んでいたのは千和がボディーガードとして動いていた時だけ。だが彼の話に乗るならば、それ以上の時間、そして和泉までもが、四六時中、京月組の監視の下に置かれるということだ。安全性は申し分ないだろう。だが組との距離はこれまで以上に近くなることになる。


「今は、動じているね」

「それは、そうでしょう。いきなり来いだなんて」


 どうしようもなくなって千和は口ごもる。目線を落とせば、先程もらった指輪が目に入った。その煌めきをまとった指はまるで自分のものではない。

 するとモガリは攻める手法を変えたようだった。


「君は、自分の将来の事を考えたことがあるか?」

「…………」

「和泉くんの側に居続けるのは、今後は難しいだろう。君たちの母上の遺産だって無限ではない。いずれ稼ぐ必要がある。その時は一緒にいられるのか。君が働けば、和泉くんは外に出られない。それでいいのか」

「じゃあ、どうしろと言うんですか」

「その答えは、知っているんじゃないか?」


 薄く微笑む仁に、千和は苦し紛れに目を逸らすしかなかった。

京月組に入るならば、千和は彼のボディーガードとして、和泉は和泉で優秀な頭脳でなんでもできるはずだ。彼が適切に配置するのだろう。そして恐らく彼の周辺の治安はいい。和泉が何かに巻き込まれることもないだろう。


「それは、断れるものなんですか」

「無論だ。以前とは違って、これは単なる勧誘だよ」


 仁は爽やかな笑みで頷いた。視線の鋭さはとっくに無くなっていた。


「ただ、前も言ったが君らはどこにいても目立つ存在だ。そこら辺を麻の寝間着で歩いているより、合金の鎧を着ていた方が安全に暮らせるのは、分かるだろう?」


 それに、と仁は少し慎重に息を吸った。


「実は、寛大なる母からそろそろ身を固めろと詰められている。それについても考えなきゃいけない時期に来たようでな」

「……はぁ、それは……大変ですね」


 千和は目をパチリと瞬いた。唐突な話だと感じる裏で、仁と釣り合う女性の像が勝手にちらついた。きっと上流の生まれで気品があって、頭も切れるスマートな女性なのだろう。お見合いの話だって引く手数多かもしれない。改めて考えれば、目の前の彼が未婚であることに密かに驚く。モガリであることが欠点ならば、それだけである。

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