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明け待つ芍薬  作者: 烏野 佐枇
6章 色の滲む環
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色の滲む環(2)

 数日後。

八月に入り、外気温はうだるほどの暑さが本格的になってきた。二人は主に自宅で涼しいクーラーの元、快適に過ごしていた。

 夏休みの自由を満喫しつつ、レポートに悩む千和のところにメールが届く。それは手慣れた様子で千和の予定に割り込み、作業中の腰を上げさせた。

「あー和泉、ちょっと行ってくるから!」

 慌ただしく靴を引っかけながら言うと、奥から弟がやって来る。彼も彼で自室に引きこもって作業していたらしい。大方モガリの勉強だろう。

「晩御飯はあり合わせでなんか作っておくから、お気になさらずー」

「ありがとっ。それじゃ」

 そこら辺の主婦顔負けの対応力に感謝が溢れる。千和も料理はできるが和泉には敵わない。繊細な味付けや豊富なレパートリーなど、どこから繰り出しているのかと思うほどである。

 外に出れば、照り返す日差しが肌に刺さる。そしてその光をも吸収してしまいそうな黒塗りの車がひっそりと停車していた。近づくとガシャリと鍵の開く音がする。乗車許可と同義のそれを確認してからそれに乗り込む。

「今日もお願いします」

 鷲田はいつも後ろを一切振り向かない。運転中に面と向かう事はほぼ無いし、目線があうこともない。

「ああ」

 いつもこの短いやり取りだけが交わされているだけだった。

 発車してしばらく、目的地が通い慣れた京月邸とは違うことに気が付いた。よく知らない道を走っている。


「染原」

「は、はい」


 珍しい呼びかけに千和の返事も上ずった。自然と背筋が伸びた。鷲田は振り返ることなく口を開いた。


「今日はボディーガードじゃない。目的地には若が先に到着している。それだけ覚えておけ」

「えっと、分かりました……?」


 相変わらずの説明不足だと思うが、この先に仁が先乗りしていることが分かっただけ収穫である。唐突に登場されると未だに心臓に悪い。

 京月邸より手近な三十分程で車は目的地に到着したようだった。

 そこには五階建てのマンションのような建物。だがそれらしい名前も看板も何も掲げられていない。駐車場も満足に無い。物置なんかもない。


「来い」


 先に降りた鷲田について行くと、エレベーターホールと思われる場所に郵便受けが設置されていた。だがそれは全ての口がガムテープで塞がれており、居住者などいないと示していた。

 千和の心に一気に不信感が募る。密かに警戒を強めて背の広い鷲田について行く。鷲田が入室したのは三階の一室。どこをどう見ても単なるアパートのようだが、誰かが住んでいるような生活感はない。


「鷲田さ――」

「若」


 千和の問いは鷲田の声に遮られた。その視線の先にはソファに座する仁の姿。普段過ごしている執務室とは雲泥の差がある日常感に、千和は何度か目を瞬いた。


「お待たせいたしました」

「ご苦労。後はいい」


 小さく頷いた鷲田はそのまま部屋を後にした。

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