這いよる毒牙(6)
屋敷に戻った鷲田は仁の部屋を叩く。「入れ」という短い返答にぐっとドアノブを押し開けた。
「帰ったか」
「はい。無事に」
「周辺は?」
「特に異変はありません」
そうか、という短い頷きのみが返ってくるのはいつものことだった。
鷲田はしばらく定位置から動かなかった。
普段であれば報告が終わり次第さっと部屋を後にする。だがそんな様子を見て、仁の違和感が働いた。
「……なんだ」
口下手なこの男は行動でしか示せないのは十二分に知っている。仁は仕方なしに短く投げかけた。
「……加美山を、狙っておいでですね」
その言葉を簡単にいなすことはできなかった。仁は鷲田をじっと見据える。千和や他の学生に向けるような柔和なものではない。彼の本来の心根を映した視線である。そして仁は頷くことはせず、端的に言い返した。
「そうだ」
「そのために、染原を引き入れましたね?」
「彼女の為にも言っておくが、そのためだけじゃない。体術の心得も買ってのことだ。そして、あれほど純粋に出来ている人間はそうはいない。加美山ほど悪趣味じゃないが、俺としても興味をそそられる人材だ」
仁は言いながら、手元の資料をめくった。父から受け継いだ事業の案件だ。計画だけが立ててあってなんら進捗のない木偶の棒。古いことばかりで改善すべきところに赤を入れればキリがない。特に今後の展望については朱に染める必要があった。
「染原をダシにして、加美山にこの社会のタブーを犯させるおつもりですか」
「人聞きが悪いな」
書類を眺めている仁は、手を止めることはせず、無感情に言い放った。
「だが、お前の想像していることは恐らく間違っていない。今、千和の存在は京月組にとって重要なものになっている。監視を怠るな」
あの時、あの二人を見つけた時。
心がざわめいた理由はいくつかある。そのうち、ひとつの理由が今明かされようとしていた。仁にとって、あの姉弟、特に千和はあらゆる潤いを与えてくれるオアシスのようなものになっていた。
「……手放すつもりはない」
鷲田もいなくなった部屋の中。
仁は誰に言うでもなく呟いた。ただ己に向けて、誓うような言葉だった。




