邂逅したる(4)
「今日の仕事はこれまでだ」
京月邸の仁の部屋に戻ると、そう告げられる。時刻は二十一時にも近い。千和は会場から離れて、京月邸のロータリーで降車するまでぼんやりしていた。二時間ほど立ちっぱなしだったのだが、仕事が終了した実感がなかった。複雑な感情に呑まれて意識がパッとしなかった。
「着替えは衣装部屋にあるから、終わったら鷲田に言え」
「は、はい」
もう大丈夫と言われているのは分かっている。ここに長居は無用なのも分かっている。この世界の話に首を突っ込むことは、自分を追い込むことだとも分かっている。
興味を向けられることは慣れている、だがどうしても、あの男は異常だった。自分に異常な興味を向けた加美山のことが頭から離れなかった。
「仁さん……さっきの事なんですけど」
「加美山のことか?」
千和が意を決して口を開くと、仁は驚く様子もなく応じる。そして言葉にしてしまえば、押し込めた思いは自然と流れ出る。
「あの会話、どういう意味ですか」
「そのままの意味だ。千和の価値の話」
「私に、価値?」
千和は怪訝な顔で繰り返す。確かに、あの和泉の姉であり、体術にも秀でた自分は中々のレアものだとは自覚をしているが、それに具体的な価値があるとは考えたことが無かった。
「そもそも俺が専属のボディーガードにしているというだけで、この世界ではかなりの価値がある。それに加えその美貌だ。こういうことはきっと今後もあるだろう。加美山が特別ではない。一つ一つに気を揉むな。それに何より、千和は俺のものだ。そう簡単に売ったりはしない」
「……そう、ですか」
最後の一言は最高に余計な一言だと思う。
千和の胸中は複雑な感情に塞がれた。気持ちの逃げ場はどこにも無かった。
そのまま仁の部屋を出て、元の自分に着替える。少し華やかになった顔面と元の服はあまり合わなかった。
いつも通り鷲田に送迎してもらい無事に帰宅する。和泉が相変わらず心配してくるのを軽くいなして、千和は早々に部屋にこもった。申し訳ないが夕食もパスをした。
机の上には近日中に仁へ提出するレポートがある。学生と教授という立場を演じることはなんてことない。今までしてきたことをすればいいだけである。しかしどうしてだろうか、千和の心臓はゆっくりと、だがうるさく打ち鳴っていた。暴れだしたいような気持ちの煩わしさを抱えて、ただ堪えるしかなかった。




