邂逅したる(2)
何度か送迎車と待ち合わせる場所へと向かうと、既に見慣れた車が停車していた。いかにも怪しい黒塗りの高級車はこの地区には似つかわしくない。運転席をちらりと覗けば強面の鷲田が待っていた。
「…………」
二人が乗ったのを確認すると、鷲田は特に何も言わずに車を走らせた。ラジオも音楽も無い車内は微妙な空気に満たされる。
大した距離もなく、車は二人の自宅に到着する。大学から手近な通学に便利な場所を選んだからである。和泉を自宅まできちんと送り届け、彼とはここで別れる。いつものように注意事項を確認して、千和は鷲田の車へと戻った。
そこから数十分、また沈黙のドライブが始まる。京月邸はこの街の郊外にあり、時間がかかるのだ。
その間、千和はぼんやりと外を見ていることが多かった。和泉から離れ、本当に一人になるのはこの時間くらいしかない。しかし頭は和泉のことについて考えたがる。他に仁のことや護衛のこと、取り留めのない雑多なこともたまに頭を流れていく。
時間に執着していない間に、気づけば車は京月邸の門をくぐっていた。千和は鷲田と共に仁の執務室へ向かう。
部屋に入れば既に机に向かっていた仁。そう言えば今日は学内で姿を見ていなかったことを思い出す。
「まずはこれを着てほしい」
そして手渡されたのはハンガーにかかる漆黒のドレスだった。艶が控えめで肌触りがいいそれを手に、千和は怪訝な表情で仁を見やる。
「今日はとある会合に出席しなければいけない。そこでの護衛を頼む」
だがその服装についての説明はない。ただ着ろとだけ言うので、部屋の奥、かつて閉じ込められた小部屋で渋々着替えた。
フレアの強くないスカートは意外にも伸縮性があって動きの妨げにはならない。全体的に身体に馴染む素材でできているようだ。それなりにボディラインが浮き出る。袖にも装飾はなく、柔らかなシフォン素材が細くしなやかな千和の腕を強調する。首から鎖骨にかけては華奢なレースが編まれ上品な抜け感がある。
そんな慣れないワンピーススカートに四苦八苦しながら、なんとか着終わる。ようやく戻った執務室には鷲田のみだった。
「仁さんは?」
「別室だ。染原はこっちへ」
促されついていくと、いつかも入った衣装部屋である。そして例の使用人女性がそこで待っていた。ドレッサーに連れていかれて座らされるのは前と全く同じ。彼女は座らせた千和を手際よくいじっていく。セミロングの髪は巻いて結って上品なアップスタイルに。メイクは清廉に見えるよう派手な色を使わず淡く輪郭をなぞるだけ。
「最低限のお化粧ですのよ。なんて綺麗なのかしら……」
使用人の女性はそんなことをぽつりぽつりと呟いて、楽しげに柔らかい筆を走らせる。そして最後にイヤリングとネックレスを施すと、女性は深く頷いて千和を解放した。
衣装部屋に一人残され、千和はおずおずと姿見の前に立った。じっと黙して、映った自分を見る。普段押さえている華やかさが惜しげもなく誇示されていた。それはきっと和泉にも劣らない。
静かに自分を見つめていると、予想だにしない複雑な思いが去来した。もしかしたら今の自分は何者よりも魅力を放っているのではないか。それは自意識過剰とも言える、普段では考えられない思考だった。これまでずっと、和泉の影に隠れることが常だった。自分は目立つ必要がない、だから地味に生きることを心がけてきた。
たかが着飾る、されど着飾る。自分を見つめて瞬く瞳は、自惚れるほどに美しかった。見た目が変わるだけでこうも気持ちが大きくなるものか。
「――染原」
鷲田に声をかけられて千和は肩を震わせた。バツリと思考が途切れた。我に返り、任務の邪魔になる余計なことは頭の片隅へと追いやった。
ここで待てと指示され、再び執務室に戻った。動きにくい慣れないヒールに顔をしかめていると、やってきたのは部屋の主だった。
「…………」
千和は仁の姿を見るなり、惚けた。
ダークカラーのスーツに軽いジャケット。ネクタイは外していて、健康的な首元がよく見える。髪を顔にかからない程度に流しているせいか、普段よりも眼光が鋭く見えた。
「ヒールで動けそうか」
「――えっ、ああ……多分……」
雑念に支配されていた脳みそが驚いて飛び跳ねる。適当な返事から本音を見透かされないかとドギマギしながら、ヒールを気にする素振りで顔を逸らした。
「仕事柄こういった場面に参加することも多い。有事の際に動けないと困る。今後は正装での訓練も必要だな」
あくまで仕事から外れない仁に、千和の心も徐々に落ち着いてきた。いくら自分が着飾ったとて、あの男にしてみれば自分は単なるボディガード。勝手に邪な気持ちを持っているだけである。
そこに鷲田が姿を現した。迎えの車が来たらしい。




