邂逅したる(1)
モガリについての授業は社会学部の専門講義である。三年生の千和と和泉には必修の科目だった。
初老の教授は板書をすること無く、手元の資料をただ読み上げている。
千和はそれをぼんやり聞きながら、一体この中でモガリの実態を知っているのはどのくらいいるのだろうと考える。きっと、別世界の権力者が遠くで好き放題やっている、という認識が精々だろう。あの教授でさえ、どこまで知っているのかわからない。学問の世界と現実の世界では違うことだって多い。とどのつまり、ここにいる人間にとってはモガリの話など完全に他人事である。
それはかつての千和もそうであった。煙のように捉えどころのない実態を説明され、その社会的影響について懸念を話される。身近な問題でもないため、鼻を鳴らす程度にしか理解が深まらなかった。
しかし今は違う。千和にとってモガリ社会は全くの他人事ではなくなった。なにせ目と鼻の先に国内六位のモガリが潜んでいたのだ。そして気づけば今はそんな相手を護衛する立場。身内へと引き込まれていた。
なぜ、どこで目を付けられたのか。最近はそればかりが頭を巡る。大学内で暴れたことは無い。とするとここの外か。しかし思い当たる節もそれなりに数があり、特定することはできない。
それに、二人は同世代なら誰もが興じるSNSの類を一切やっていない。自ら社会の表に出るようなことはしていない。だが、そこら辺の誰かが勝手に情報の大海原に流すこともあるだろう。そればかりは一人ずつ見つけて成敗する訳にもいかないから、結局は野放しだ。
その時、ポケットに入れていたスマホが振動した。講義中だが、後ろの席とはこういう時に好都合だ。こっそり開いて確認する。こまめに連絡を取るような友人などはいない。そしてこの時間に連絡を寄越すのは一人だけだ。
『今日放課後、例の場所へ』
それだけが記された文面。送り主は想定の通り千和の主である。
この日の予定はこのつまらない授業で終了だ。急なことに呆れながらも、残りの三十分を適当に過ごすことにした。
やがて授業は終了し、学生たちは三々五々去っていく。漏れなく和泉への視線も流れてくるが、千和はそれどころではなかった。いつも通り真面目に集中していた横の優等生に呼び出しを伝える。
「――ってことで、今日も家でお願い」
「ん、わかった。どうやって帰ればいい?」
「鷲田さん。私も一緒に一回帰って、そこから」
簡単に伝えると、和泉は物分かりよく頷く。今日の荷物のまとまりは早い。
仁の右腕である鷲田は何かと手を焼いてくれる。仁の意向もあるのだろうが、こういった送迎に融通を利かせてくれているのは彼であった。




