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異世界ネイルサロン ~艶なき世界に光を~  作者: 烏斗


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第9話 仕事の跡

 夕方の食堂は賑わっていた。


 旅人たちの笑い声。


 食器の触れ合う音。


 料理の香り。

 宿の一階は一日の中でも特に忙しい時間帯だった。


 リナは窓際の席で食事をしている。


 特に急ぐ用事もない。


 こうして人の流れを眺めるのも嫌いではなかった。


 ミアは忙しそうに客の間を行き来している。


 料理を運び。


 空いた皿を下げ。


 注文を聞く。


 その姿を見ていると、本当に休む暇がなさそうだ。


 ふと、一人の客が席を立った。


 大柄な男だった。


 代金を置いて出ていく。


 その時、ミアの視線が男の手に向いた。


 一瞬だけ。

 本当に短い時間だった。


 だがリナは気付いた。


 思わず少し笑ってしまう。


 昔の自分も似たようなものだったからだ。


 やがて夕食の時間が終わる。


 客が減り、食堂も静かになった。


 片付けをしていたミアが、空いた席へやってきた。


「お待たせしました」


「何も待ってないけど」

 リナが言うと、ミアは笑った。


 少し疲れているようだったが、表情は明るい。


「聞きたいことがあったんです」


「珍しいね」


「そうですか?」


「うん」

 ミアは少し考えてから口を開いた。


「仕事によって手って違うんですね」

 リナは少し驚く。


 だがすぐに納得した。


 今日見ていたのだろう。


 色々な客の手を。


「そうだね、違うよ」


「やっぱり」

 ミアは頷く。


「鍛冶屋さんみたいな人もいましたし」


「うん」


「商人さんみたいな人もいました」


 確かにいた。


 商人らしい客も何人か来ていた。


「傷が全然違うんです」

 ミアは不思議そうに言う。


「見てると面白くて」

 その言葉にリナは少し懐かしい気持ちになった。


 前の世界でも同じだった。


 手を見る。


 爪を見る。


 そこから生活が少し見える。


 それが面白かった。


「手ってね」

 リナはゆっくり言う。


「仕事の跡が残るんだよ」


「仕事の跡?」


「うん」

 ミアは自分の手を見る。


 指先にはまだ細かな傷が残っている。


 水仕事の跡だ。


「じゃあ私の手もですか?」


「もちろん」

 ミアは少し照れたように笑った。


「なんだか変な感じです」


「そう?」


「はい」

 少し考え込む。


 それから静かに言った。


「前は何も考えたことなかったので」

 その言葉は、少し前のミアなら出てこなかっただろう。


 リナはそれが嬉しかった。


 別に何かを教えたわけではない。


 ただ少し気付いただけだ。


 それでも人は変わる。

 少しずつ。


 本当に少しずつ。


「リナさんは昔から見てたんですか?」

 ミアが尋ねる。


「まあね」

 リナは笑う。


 さすがにネイルサロンの話まではしない。


「だから私の手も見てたんですね」


「そういうこと」

 ミアは納得したように頷く。


 そして立ち上がった。


「仕事に戻ります」


「頑張ってね」


「はい!」

 元気よく返事をして歩いていく。


 その途中、別の客とすれ違う。


 ミアはまた少しだけ、その人の手を見た。


 そして自分で気付いたのだろう。


 小さく笑っていた。


 リナもつられて笑う。


 人の癖というものは面白い。


 窓の外では夕暮れの空が赤く染まり始めていた。


 その色を眺めながら、リナは静かにお茶を口に運んだ。


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