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異世界ネイルサロン ~艶なき世界に光を~  作者: 烏斗


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第5話 働く手

 宿へ戻ると、一階は昼時の賑わいだった。


 旅人たちの話し声。


 皿のぶつかる音。


 厨房から漂う香り。


 数日前までは落ち着かなかったその空気にも、少しずつ慣れてきている。


 リナは空いている席へ腰を下ろした。

 昼食を注文し、本を開く。


 市場で買ったものではなく、この世界の文字を覚えるために手に入れた簡単な読み物だ。


 まだすらすら読めるわけではない。


 それでも少しずつ慣れてきていた。


「お待たせしました」

 声と共に皿が置かれる。


 若い少女だった。


 年齢は十六歳くらいだろうか。


 茶色の髪を後ろでまとめ、慣れた手つきで料理を並べていく。


「ありがとう」


「ごゆっくりどうぞ」

 明るく言って立ち去ろうとした時だった。


 少女の指先が目に入る。


 リナは思わず視線を止めた。


 乾燥している。


 細かな傷もある。


 水仕事が多い人の手だ。


 皿洗い。


 掃除。


 洗濯。


 毎日働いているのだろう。


「?」

 少女が不思議そうな顔をした。


 どうやら見られていることに気付いたらしい。


「あ、ごめん」

 リナは慌てて笑う。


「昔から人の手を見る癖があって」


「手ですか?」


「うん」

 少女は自分の手を見る。


 それから少し困ったように笑った。


「変なところ見ますね」


「よく言われる」

 リナも笑った。


 実際、その通りだった。


 前の世界でも何度言われたか分からない。

 職業病みたいなものだ。


「それじゃ失礼します」

 少女は軽く頭を下げて去っていった。


 忙しそうだ。


 次々と客へ料理を運び、空いた皿を下げている。


 働き者だなと思った。


 リナは食事を始める。


 だが、ふと先ほどの手を思い出した。


 乾燥。


 ささくれ。


 小さなひび割れ。


 痛くないのだろうか。


 いや、痛くても慣れてしまっているのかもしれない。


 宿で働いていれば、そんな暇はないのだろう。


 食事を終えた頃、少女が空いた皿を取りに来た。


「お口に合いましたか?」


「美味しかったよ」


「良かったです」

 嬉しそうに笑う。


 その時、また手が見えた。

 やはり少し荒れている。


 リナは何となく部屋に置いてある小さな容器を思い出した。


 蜜蝋と油からできた保湿軟膏。


 まだ自分でしか試していない。


 効果があるとも言い切れない。


 だから何も言わなかった。


「どうかしました?」


「ううん」

 リナは首を振る。


「なんでもない」

 少女は少し首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。


 やがて夕方になり、人も少なくなる。


 宿の主人と雑談していた時だった。


「よく働く子ですね」

 何気なく言うと、主人は頷いた。


「ああ、ミアか」

 初めて名前を知った。


「助かってますよ。本当によく働くので」

 主人はそう言って笑う。


 リナも頷いた。


 確かにそう見えた。


 忙しい中でも笑顔を忘れない。


 そんな印象だった。


 窓の外では夕日が傾き始めている。


 リナは立ち上がり、部屋へ戻ることにした。


 机の上には小さな容器が置かれている。


 保湿軟膏の試作品。


 何かに使えるかもしれない。

 そう思って残してあるものだ。


 リナは容器を眺め、それから窓の外へ目を向けた。


 今日知ったばかりの少女の名前が、なぜか少しだけ頭に残っていた。


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