第35話 届いた場所
青は完成した。
帳面には確かにそう書いてある。
『青 完成』
何度見ても嬉しかった。
けれど。
その余韻に浸っている時間は長くなかった。
エレナが持ってきた招待状。
王城からの正式な招待。
それが現実として目の前にあったからだ。
リナは何度見ても落ち着かなかった。
「本当に行くんですね」
ミアが言う。
「本当に行くらしい」
リナも苦笑した。
数日前までは宿の一室で青と格闘していた。
それが今は王城である。
人生は分からない。
王都への道中。
リナは窓の外を眺めていた。
エレナの用意した馬車は快適だった。
だが落ち着かない。
緊張しているのだ。
「そんなに心配ですか?」
向かいに座るエレナが微笑む。
「王族って聞くとね」
「普通はそうです」
エレナは笑った。
王都へ入る。
人が多い。
建物も大きい。
宿場町とは比べ物にならなかった。
そして。
王城。
遠くから見ただけで圧倒された。
「大きい……」
思わず呟く。
エレナは少し誇らしそうだった。
城へ入る。
案内される。
緊張する。
だが不思議なことに。
研究で失敗していた時ほど苦しくはなかった。
青の方がよほど大変だった。
そんなことを考えているうちに部屋へ通された。
そこで待っていたのは王族の女性だった。
年齢はリナより少し上だろうか。
柔らかな雰囲気の人だった。
「あなたがリナさんですね」
威圧感はない。
むしろ興味を持っているようだった。
「はい」
リナは頭を下げる。
そして。
いつも通りの説明を始める。
ネイルとは何か。
艶とは何か。
なぜ色を塗るのか。
最初の頃は誰も理解してくれなかった話だ。
だが。
今回は違った。
相手は最後まで真剣に聞いてくれた。
「面白いですね」
女性はそう言った。
「爪を飾るという発想は知っていました」
リナは少し驚く。
「知っていたんですか?」
「貴族の間では昔からあります」
その言葉にリナは納得した。
やはり文化はあった。
ただ。
広くはなかっただけだ。
「ですが」
女性は続ける。
「ここまで美しく仕上げる技術は初めて見ました」
リナは少し照れた。
技術を褒められるのは嬉しい。
施術が始まる。
赤。
艶。
そして。
完成したばかりの青。
リナは少し迷った。
まだ改良の余地はある。
完成と言っても十分ではない。
けれど。
ここまで来て隠す気にはなれなかった。
「こちらもあります」
青を見せる。
女性の目が大きくなる。
「綺麗……」
その反応を見た瞬間。
リナの肩から力が抜けた。
あの青でよかった。
完成したばかりの色だった。
苦労した色だった。
だからこそ嬉しかった。
施術が終わる。
女性は何度も爪を見つめていた。
光を当てる。
角度を変える。
そして笑う。
「本当に綺麗ですね」
リナも笑った。
その言葉は何よりの評価だった。
帰り際。
女性は静かに言った。
「これからもっと広がるでしょうね」
リナは返事ができなかった。
少し前まで。
客はミア一人だった。
それが今は王城である。
文化になる。
そんな言葉を昔の自分が聞いたら笑っただろう。
だが。
今なら少しだけ信じられた。
帰りの馬車。
窓の外を見る。
青空が広がっていた。
リナは小さく笑う。
まだ十分ではない。
青ももっと良くできる。
技術ももっと磨ける。
けれど。
ここまで来た。
その事実だけは素直に嬉しかった。




