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異世界ネイルサロン ~艶なき世界に光を~  作者: 烏斗


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第36話 これが、私の仕事

 王都から戻ってしばらく経った。


 宿は今日も賑やかだった。


「青をお願いしたいんですが」


「私は赤が好きです」


「艶だけでもできますか?」


 そんな声が聞こえる。

 少し前なら考えられなかった光景だった。


 最後の客を見送る。


 道具を片付ける。


 小瓶を棚へ戻す。


 赤。


 艶。


 青。


 並んだ瓶を見ながら、リナはふと足を止めた。

 完成した。


 そう思っていた。


 だが今は違う。


 赤はもっと鮮やかにできる気がする。


 艶ももう少し持続させられるかもしれない。


 青も同じだった。


 完成したばかりの今だからこそ見えてくる不満がある。


 まだ届いていない。


 まだ良くできる。


「難しいな」

 思わず笑う。


 完成したはずなのに。


 満足できない。


 前の世界にいた頃もそうだった。


 新しい技術を覚える。


 少し上達する。


 すると次の課題が見えてくる。


 終わりがない。


 けれど、それが嫌ではなかった。


 机の上には帳面がある。


 研究の記録だ。


 失敗した方法。


 成功した方法。


 改善したいこと。


 試してみたいこと。


 最近は新しい書き込みが増えていた。


 まだやりたいことがある。


 まだ試したいことがある。


 その事実が少し嬉しい。


 窓の外を見る。


 市場が見える。


 女性たちが笑いながら話している。


 その中の一人が爪を見せた。


 周囲が驚く。


 褒める。


 真似したいと言う。


 そんな光景が自然に生まれていた。


 最初はミア一人だった。


 それが今は違う。


 少しずつ広がっている。


 そのことは素直に嬉しかった。


「また考え事ですか?」

 後ろから声がした。


 ミアだった。


 いつものように隣へ座る。


 リナは苦笑する。


「分かる?」


「分かります」

 ミアは即答した。


「今度は何ですか?」


「まだ分からない」

 リナは肩をすくめる。


「でも色々試したい」


「青が完成したばかりなのに?」


「だからだよ」

 完成した。


 だから終わりではない。


 むしろ。


 次のことを考えてしまう。


 もっと綺麗にできる。


 もっと面白いことができる。


 そんな考えが次々と浮かぶ。


 ミアはしばらく黙っていた。


 そして優しく笑う。


「もう十分できてますよ」

 穏やかな声だった。


 慰めではない。


 本気でそう思っている声だった。


 リナは少し黙る。


 市場を見る。


 棚を見る。


 帳面を見る。


 そしてミアを見る。


 最初のお客様。


 最初に艶を喜んでくれた人。


 ここまでずっと見届けてくれた人。


 確かに。


 まだ満足はしていない。


 もっと良くしたい。


 もっと色を作りたい。


 もっと綺麗を見つけたい。


 けれど。


 それでいいのだと思った。


 考えて。


 試して。


 失敗して。


 また考える。


 その繰り返しが自分なのだ。


 リナは静かに笑った。


 そして答える。



「これが、私の仕事」



 夕暮れの光が部屋を照らしていた。


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