第34話 青
王城からの招待。
それは確かに驚く話だった。
だが。
その夜も。
翌朝も。
リナの頭を占めていたのは別のことだった。
青である。
机の上には失敗作が並んでいる。
透明。
灰色。
紫。
そして帳面に書かれた一言。
『空の青』
リナはその文字を見つめながら考えていた。
昨日のエレナの言葉。
顔料。
その言葉が頭から離れなかった。
花ではない。
果実でもない。
樹液でもない。
なら。
色そのものを使うのはどうだろう。
前の世界では当たり前だった。
色を作るのではなく。
色を持ってくる。
その発想だ。
「顔料か……」
リナは小さく呟く。
そして市場へ向かった。
染め物職人。
装飾品職人。
絵描き。
知っていそうな人へ片っ端から話を聞く。
すると。
一人の職人が言った。
「青なら鉱石だな」
リナの足が止まった。
「鉱石?」
「高いぞ」
職人は笑う。
「砕いて顔料にするんだ」
その瞬間だった。
何かが繋がった。
今まで探していたのは植物だった。
だが。
青は植物ではなかったのかもしれない。
リナは小さな青い鉱石を譲ってもらった。
決して安くはなかった。
だが。
試す価値はある。
宿へ戻る。
机へ向かう。
鉱石を見つめる。
深い青だった。
空ではない。
だが今まで見てきたどの青よりも力強い。
リナは慎重に砕いた。
細かく。
さらに細かく。
粉になるまで。
そして。
艶の研究で作った素材へ混ぜる。
少しずつ。
慎重に。
何度も調整する。
夕方。
小さな試作品が完成した。
リナはそれを見つめる。
まだ塗っていない。
まだ分からない。
心臓が少し速くなっていた。
「リナさん?」
ミアが覗き込む。
「できたかも」
珍しく自信のない声だった。
リナは試作品を爪へ塗る。
乾燥を待つ。
艶を重ねる。
さらに待つ。
長い時間だった。
そして。
光の下へ手をかざす。
部屋が静かになる。
ミアも息を止めていた。
爪の上に。
青があった。
深く。
鮮やかで。
光を受ける青。
今までの灰色でも。
紫でもない。
間違いなく青だった。
リナは動かなかった。
言葉も出なかった。
ただ見ていた。
ずっと。
ずっと見ていた。
「……綺麗」
最初に声を出したのはミアだった。
リナはゆっくり頷く。
目を離せない。
探していた色だった。
完璧ではない。
まだ改良の余地はある。
もっと鮮やかになるかもしれない。
もっと良くできるかもしれない。
それでも。
これは青だ。
ようやく辿り着いた。
何日も。
何十回も失敗して。
ようやく。
リナは静かに笑った。
「できた」
その一言だった。
大声ではない。
派手でもない。
けれど。
今までで一番嬉しそうな声だった。
ミアも笑う。
「おめでとうございます」
リナはもう一度爪を見る。
青い。
本当に青い。
窓の外を見る。
夕暮れ前の空が広がっていた。
その色と。
自分の爪の色を見比べる。
少し違う。
けれど近い。
確かに近付いている。
リナは帳面を開く。
新しいページへ書いた。
『青 完成』
その文字を書いた瞬間。
ようやく肩の力が抜けた。
長かった。
本当に長かった。
だが。
これで終わりではない。
リナは青い爪を見つめながら思う。
この色を。
今度は誰かに届けたい。
そう思った。




