第33話 届かない場所
青の研究は続いていた。
結果は変わらない。
花も駄目。
果実も駄目。
樹液も駄目。
染め物職人の青も違った。
机の上には失敗作が並んでいる。
透明。
灰色。
紫。
そして帳面の新しいページ。
そこには大きく書かれていた。
『空の青』
リナはその文字を見つめながら小さく息を吐く。
目標はある。
だが方法がない。
それが今の状況だった。
その日の昼過ぎだった。
宿の前が少し騒がしくなった。
馬車だった。
見覚えのある紋章。
そして。
「お久しぶりです」
エレナが笑顔で降りてきた。
「エレナさん」
ミアが嬉しそうに声を上げる。
リナも自然と笑った。
前回会った時より表情が柔らかい。
赤い爪も綺麗に保たれている。
「評判になってますよ」
エレナは爪を見せながら言った。
「友人たちも驚いていました」
「それは良かった」
「皆さん興味津々でした」
リナは少しだけ照れた。
ネイルの話になると、エレナはいつも楽しそうだった。
施術を終えた後。
ミアがお茶を用意する。
エレナは机の上を見て首を傾げた。
「研究中ですか?」
そこには失敗作が並んでいた。
リナは苦笑する。
「青です」
「作れなくて」
エレナは少し驚いた顔をした。
リナは今までの経緯を説明する。
花。
果実。
樹液。
染め物職人。
全部駄目だったこと。
そして。
空の青を作りたいこと。
話し終えるとエレナはしばらく考えていた。
「青ですか」
そして静かに言う。
「確かに難しいかもしれませんね」
「やっぱり?」
「貴族の世界でも青は特別です」
その言葉にリナは顔を上げた。
「特別?」
「ええ」
エレナは頷く。
「青い装飾品は高価です」
「青い顔料も珍しいです」
リナの耳が反応する。
顔料。
その言葉は聞き慣れていた。
前の世界でもネイルに使う色材の話で何度も出てきた言葉だ。
「顔料?」
「詳しくは知りません」
エレナは苦笑した。
「そういう話は職人や学者の仕事ですから」
それでも。
リナの頭の中には引っかかるものが残った。
植物ではない。
染料でもない。
顔料。
今までとは違う方向だった。
エレナは少し迷った後で続ける。
「もし興味があるなら」
「王都の方が情報は多いと思います」
リナは思わず笑う。
「王都ですか」
遠い話だった。
今の自分には縁がない。
そう思っていた。
するとエレナも笑った。
「そうですね」
だが次の瞬間。
少し真面目な顔になった。
「実は今日、その話もあるんです」
「話?」
「はい」
エレナは姿勢を正した。
ミアも思わず背筋を伸ばす。
空気が少し変わった。
エレナはゆっくりと言った。
「王城から招待状が届きました」
一瞬。
意味が分からなかった。
リナは瞬きをする。
「……王城?」
「はい」
エレナは微笑む。
「王族の方が興味を持たれたそうです」
部屋が静かになる。
ミアも固まっている。
リナは言葉を失った。
ネイルが広がっていることは知っていた。
評判になっていることも知っていた。
だが。
王城まで届くとは思っていなかった。
エレナは穏やかに続ける。
「無理にとは言いません」
「ですが、一度お会いしていただけませんか」
リナは返事ができなかった。
机の上を見る。
失敗だらけの青。
そして帳面に書かれた『空の青』。
今の自分は。
まだ何も完成させていない気がしていた。
それなのに。
話は思いもよらない場所へ進もうとしていた。




