第30話 次の色
エレナが施術を受けてから数日。
宿には少しずつ見慣れない客が増えていた。
「赤い爪を見たんです」
「知人から聞いて」
「私もやってみたくて」
理由は様々だった。
だが話を辿ると、どこかでエレナの名前が出てくる。
友人。
知人。
そのまた知人。
どうやら赤い爪の話は少しずつ広がっているらしかった。
ミアは楽しそうだった。
「増えましたね」
「増えたね」
リナも頷く。
最初はミアだけだった。
市場の女性たちが興味を持った。
それが今では貴族の知り合いまで来ている。
不思議なものだった。
この世界へ来た頃は、誰も爪など気にしていなかったのだから。
その日の午後。
施術を終えた女性たちが楽しそうに話していた。
「今度はあの子も連れてこようかな」
「絶対似合うと思う」
「驚くでしょうね」
リナはその会話を聞きながら少し考える。
最初は興味だった。
次は憧れだった。
そして今は。
真似したいになっている。
前の世界でも何度も見た流れだった。
一人が始める。
二人目が真似する。
三人目が真似する。
気付けば当たり前になる。
文化というのは、たぶんそういうものだ。
夕方。
最後の客を見送った後だった。
ミアは机の上の小袋を整理していた。
女性たちが置いていった謝礼だ。
「少し前じゃ考えられませんね」
「そうだね」
リナも頷く。
艶がない世界だった。
誰も必要だと思っていなかった。
それが少しずつ変わっている。
まだ小さい。
街の一部だけだ。
けれど確実に広がっている。
窓の外を見る。
夕暮れだった。
市場の方から帰宅する人々が見える。
その中に今日施術を受けた女性もいるかもしれない。
家へ帰って。
友人へ見せて。
また誰かが興味を持つ。
そんな光景を想像した。
それは少し嬉しかった。
その夜。
宿の人々が寝静まった後。
リナは一人で机に向かっていた。
目の前にはこれまで集めてきた植物が並んでいる。
赤を作った花。
保湿に使った薬草。
艶の研究で使った樹液。
どれも失敗の積み重ねだった。
だが最終的には形になった。
リナはその中から一輪の花を取り上げる。
深い青色の花だった。
市場の端で見つけたものだ。
最初に見た時から気になっていた。
理由は単純だった。
青いからだ。
元の世界には赤だけではなかった。
青もあった。
緑もあった。
紫もあった。
たくさんの色があった。
この花の中にも。
きっと青がある。
そう思った。
花を光へ透かしてみる。
花びらは綺麗な青だった。
空のような。
海のような。
そんな色だった。
リナは少し笑う。
「さて」
花を机へ置く。
「どんな色が隠れてるんだろうね」
期待の方が大きかった。
まだ難しいとも思っていない。
赤ができたのだから。
青もそのうちできるだろう。
そんな気持ちだった。
机の上の青い花を眺めながら、リナは静かに灯りを消した。




