第3話 初めての失敗
宿へ戻ったリナは、小さな机の上に材料を並べた。
市場で買った蜜蝋。
植物から採った油。
少量の樹脂。
どれも特別なものではない。
だが、今のリナにとっては貴重な材料だった。
「さて……」
椅子へ腰掛ける。
生活はようやく落ち着いてきた。
食べる場所もある。
寝る場所もある。
だからこそ考えてしまう。
自分にできることは何だろう、と。
前の世界でネイリストとして働いていた。
その知識が、この世界で役に立つとは思えない。
それでも何も試さないまま諦める気にもなれなかった。
まずは手を動かしてみる。
それがリナのやり方だった。
蜜蝋を小さく削る。
油を加える。
ゆっくり混ぜる。
前の世界の材料とはまるで違う。
だが感触を確かめるのは嫌いではなかった。
「思ったより悪くないかも」
少量を指先へ取る。
伸ばしてみる。
少しべたつく。
だが肌への馴染みは悪くない。
乾燥していた指先が少し落ち着く気がした。
何度か手を開閉してみる。
「……あれ?」
リナはもう一度手を見る。
気のせいだろうか。
荒れていた指先が少し楽になったような気がする。
もちろん薬ではない。
傷を治すわけでもない。
それでも保湿には使えそうだった。
「ハンドクリームみたい」
思わず笑う。
ネイル用品を作ろうとしていたのに、先にできたのは手のケア用品だった。
予想外だったが悪くはない。
小さな容器へ少し取り分ける。
「これは残しておこうかな」
何かに使えるかもしれない。
そう思った。
だが今日の目的はそこではない。
リナは樹脂を加える。
さらに混ぜる。
爪へ塗ることを考えて調整していく。
「もう少し固く……」
指先で感触を確かめる。
塗ってみる。
待つ。
さらに待つ。
しかし結果は思わしくなかった。
乾かない。
表面が均一にならない。
少し触っただけで崩れてしまう。
「うーん……」
爪を眺めながら唸る。
やはり簡単ではない。
前の世界では当たり前に使っていた材料や道具がない。
同じように作れるはずもなかった。
布で拭き取る。
爪は元通りになった。
「これは失敗だね」
苦笑する。
だが不思議と落ち込んではいなかった。
むしろ少し楽しい。
久しぶりに試作をしたからかもしれない。
サロンで新しい商材を試していた頃を思い出す。
一度で成功することの方が少なかった。
だから失敗そのものは珍しくない。
窓の外を見る。
夕日が街を赤く染めていた。
市場からは今日も賑やかな声が聞こえてくる。
この世界には、この世界の材料がある。
ならば、この世界で作れるものを探せばいい。
リナは机の上を片付けながら小さく笑った。
ネイルは失敗した。
けれど収穫がなかったわけではない。
机の端には小さな容器が残っている。
偶然できた保湿用の軟膏。
それが今のところ、この世界で初めて作った成果だった。




