第2話 形だけの色
宿の朝は早い。
まだ日が昇りきる前から、一階では食事の準備をする音が聞こえてくる。
リナは眠気を残したまま階段を下りた。
朝食を頼み、空いている席に腰を下ろす。
木製のテーブルは少し傷んでいたが、不思議と嫌な感じはしなかった。
使い込まれた道具には、それなりの味がある。
運ばれてきたスープを口に運びながら、ぼんやりと店内を眺める。
客の数はまだ少ない。
商人らしき男が一人。
旅人らしい女性が一人。
宿の主人は帳簿を見ながら何かを書いていた。
そんな中、店の扉が開いた。
外から入ってきたのは立派な服を着た女性だった。
この街ではあまり見かけない服装だ。
付き添いらしき人物もいる。
宿泊客ではなく、誰かとの待ち合わせだろうか。
リナは何となく視線を向けた。
そして、すぐに別のものへ目を奪われた。
指先だった。
職業病である。
本人も自覚している。
女性が椅子へ腰掛ける。
その時、指先が朝日を受けた。
「……あれ?」
思わず小さく声が漏れる。
爪に色が付いていた。
薄い赤色。
いや、赤というより茶色に近い。
均一ではない。
所々で濃さが違う。
先端は少し剥がれている。
表面もざらついて見えた。
それでも間違いなく何かが塗られている。
リナは思わず見入った。
ネイルなのだろうか。
化粧の一種なのだろうか。
距離があるため詳しくは分からない。
だが、少なくとも装飾しようという発想は存在しているらしい。
女性はしばらく主人と話をした後、宿を出て行った。
その姿が見えなくなってからも、リナは少し考え込んでいた。
前の世界なら珍しくもない。
ネイルカラーなど街中に溢れている。
だが、この世界で初めて見た。
「色を付けること自体はあるんだ……」
思わず呟く。
てっきり存在しないのかと思っていた。
もっとも、あれが何なのかは分からない。
材料も。
目的も。
作り方も。
ただ一つだけ分かったことがある。
この世界にも、指先を飾ろうとした人はいる。
それが今のリナには少し面白かった。
朝食を食べ終え、部屋へ戻る。
机代わりに使っている小さな棚の上に紙を置いた。
そして簡単なメモを書き始める。
『色』
短く一言だけ。
それ以上は何も書かなかった。
まだ分からないことばかりだからだ。
だが、昨日までは存在すら知らなかったものだ。
それだけでも収穫だった。
リナは紙を眺めながら小さく笑う。
この世界には何があるのだろう。
少しだけ興味が湧いてきていた。




