第28話 もう一度
三日後。
エレナは本当にやって来た。
昼過ぎ。
前回と同じ馬車が宿の前に止まる。
ミアは窓からそれを見つけた。
「あ」
思わず声が出る。
食堂の窓際ではリナが帳面を広げていた。
「どうしたの?」
「この前の人です」
リナも窓を見る。
馬車。
そして降りてくる女性。
「ああ」
エレナだった。
本当に来たらしい。
宿へ入ってきたエレナは、前回と同じように穏やかに挨拶した。
「こんにちは」
「こんにちは」
ミアも笑顔で返す。
どこか嬉しそうだった。
エレナは席へ座る。
食事を注文する。
その様子は普通の客と変わらない。
ただ一つ違うのは。
視線が時々ミアの爪へ向くことだった。
食事が運ばれてくる。
エレナはしばらく静かに食べていた。
そして食後。
前回と同じようにリナの席へ近付く。
「また来ました」
リナは少し笑う。
「そうみたいだね」
「迷惑でしたか?」
「全然」
リナは首を振った。
むしろ研究ばかりの毎日なので、人と話す機会は少ない。
こうして興味を持ってくれる人がいるのは嬉しかった。
エレナは少し安心したようだった。
それから二人は話をする。
ネイルのこと。
爪のこと。
赤のこと。
話題は自然とそこへ向かった。
「どうして爪なんですか?」
エレナが聞く。
リナは少し考える。
元の世界のことは説明できない。
だから答えは簡単だった。
「好きだからかな」
エレナは笑った。
「それが一番分かりやすいですね」
確かにそうだった。
好きだから続けている。
好きだから考える。
好きだから作る。
それ以上でもそれ以下でもない。
話しているうちに時間が過ぎる。
やがてエレナはふとミアを見る。
「少しお願いしてもいいですか?」
「私ですか?」
ミアが驚く。
エレナは頷いた。
「近くで見てみたいんです」
ミアはリナを見る。
リナは肩をすくめた。
好きにしていいという意味だ。
ミアは手を差し出す。
エレナは丁寧に爪を見る。
触れはしない。
ただじっと観察する。
その様子は市場の人たちとは違った。
綺麗だから見る。
ではない。
何かを理解しようとしている。
そんな見方だった。
「不思議です」
エレナは小さく言った。
「何が?」
リナが聞く。
「派手じゃないのに目が行くんです」
その言葉にリナは少し嬉しくなった。
それは艶を作った時に目指していたことだった。
エレナはしばらく黙る。
そして少しだけ照れながら言った
。
「私もやってみたいです」
リナは思わず笑った。
ようやくそこへ来たか。
そんな気持ちだった。
「いいよ」
その返事にエレナは目を丸くする。
「そんな簡単に?」
「難しくないし」
リナは本気だった。
だがエレナは少し驚いている。
どうやらもっと特別なものだと思っていたらしい。
窓の外では午後の日差しが傾き始めていた。
エレナは帰りの時間を気にしながら立ち上がる。
「また来ます」
その言葉にリナは軽く手を振った。
「うん」
馬車が去っていく。
ミアは窓から見送る。
「本当にまた来ますね」
「そうだね」
リナも頷いた。
まだ知らない。
この出会いが、もっと大きな場所へ繋がっていくことを。
今はただ。
爪に興味を持った一人の客がいる。
それだけだった。




