第26話 お願いが増える日
最初は一人だった。
市場でミアの爪を見た女性。
宿へ来て、やってみたいと言った。
リナは断る理由もなかった。
赤を塗る。
艶を重ねる。
時間にして一時間も掛からない。
施術が終わると、女性は何度も自分の手を見ていた。
「綺麗……」
その反応はミアとよく似ていた。
リナは少し嬉しくなる。
前の世界でも何度も見た光景だった。
女性は何度も礼を言って帰っていった。
それで終わり。
リナはそう思っていた。
だが違った。
三日後。
また別の女性が来た。
「話を聞いて」
と言う。
さらに数日後。
今度は市場の商人の妻が来た。
そしてまた別の日。
ミアの知り合いが訪ねてきた。
「増えてるね」
リナは思わず呟いた。
目の前ではミアが苦笑している。
「増えてますね」
完全に他人事ではなくなっていた。
さすがに気付く。
これは偶然ではない。
口コミだ。
誰かが見て。
誰かがやって。
また別の誰かへ伝わる。
そうして少しずつ広がっている。
前の世界なら珍しくもない。
けれどこの世界では初めてのことだった。
その日の夕方。
施術を終えた女性が帰ろうとしていた。
リナはいつものように見送る。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
それだけのつもりだった。
だが女性は小さな袋を机へ置いた。
「これ」
「え?」
リナは驚く。
「いらないですよ」
慌てて言う。
最初からそのつもりだった。
好きでやっている。
研究も兼ねている。
だから金を取るつもりはない。
だが女性は首を振った。
「もらってください」
「でも」
「嬉しかったんです」
その言葉は真っ直ぐだった。
リナは返せなくなる。
女性は笑顔で帰っていった。
残された袋を開く。
大金ではない。
本当に少しだけだ。
けれど確かに価値だった。
ミアが横から覗き込む。
「どうします?」
「どうするって」
リナは袋を見る。
そして少し考えた。
「材料代かな」
結局そう答えた。
受け取る理由を探した結果だった。
ミアは笑う。
「そういうことにしておきましょう」
二人は顔を見合わせる。
リナは袋を机へ置いた。
不思議な気分だった。
金が欲しかったわけではない。
だが自分の技術へ価値を感じてくれた人がいる。
それは素直に嬉しかった。
窓の外では夕日が街を染めている。
最近は研究だけではなく、人と話す時間も増えた。
爪を見る人。
興味を持つ人。
やってみたいと言う人。
気付けば少し忙しくなっている。
リナはふと笑った。
「前より暇じゃなくなったな」
その言葉にミアも頷く。
「はい」
そして少し間を置いて続けた。
「まだ増えそうですけど」
リナは思わず天井を見上げた。
その予感は、たぶん当たっている。
そんな気がした。




