第25話 気になる手
艶を加えるようになってから数日が過ぎた。
リナの生活は大きく変わっていない。
朝は宿で朝食を取り、空いた時間は研究をする。
保湿軟膏。
赤色。
そして艶。
机の上には相変わらず試作品が並んでいる。
もっと良くできないか。
もっと自然にできないか。
そんなことを考える毎日だった。
ただ一つ。
以前と違うことがある。
ミアが市場へ行くたび、爪の話をされるようになったことだった。
「また聞かれました」
昼過ぎ。
市場から戻ったミアがそう言った。
リナは紙に何かを書きながら顔を上げる。
「また?」
「またです」
ミアは苦笑した。
最近では珍しくない。
野菜を買っていても。
布を見ていても。
知り合いに会っても。
必ず誰かが爪を見る。
「見せてって?」
「はい」
ミアは頷く。
そして右手を見た。
赤い爪。
その上に乗った控えめな艶。
決して派手ではない。
けれど以前より目を引く。
「綺麗ですね」
「どうやってるの?」
「触ってもいい?」
そんな言葉をよく掛けられるようになった。
リナは少し考える。
「艶のせいかな」
「私もそう思います」
ミアは素直に頷いた。
赤だけだった頃も褒められた。
けれど今は違う。
視線が止まる。
何となく気になる。
そんな反応が増えている。
その日の夕方。
宿へ食事に来た女性客が、会計を済ませた後でミアを呼び止めた。
「その爪」
ミアは内心で思う。
まただ。
「はい?」
「綺麗ですね」
女性は少し照れながら言った。
「前にも市場で見かけたんです」
ミアは驚く。
知らない人だった。
だが相手は覚えていたらしい。
「それでずっと気になってて」
女性はそう続けた。
「私もやってみたいんです」
ミアは思わず笑った。
最近増えている反応だった。
気付けば興味を持つ人が現れている。
誰かが見る。
気になる。
真似してみたくなる。
そんな流れが少しずつでき始めていた。
女性が帰った後。
ミアはその話をリナへ伝えた。
「市場じゃなくて宿でもです」
「へえ」
リナは驚いた顔をする。
だがどこか他人事だった。
ミアは思わず笑う。
「リナさん、自覚ないですよね」
「そんなことないよ」
「あります」
即答だった。
「だって作ったのはリナさんです」
「でも見てるのはミアの手でしょ」
リナは肩をすくめる。
それも本音だった。
市場の人たちはリナを知らない。
見ているのはミアの指先だ。
だから実感が薄い。
ミアは少し考えてから言った。
「でも最初に気になった人は、きっとまた誰かに見せますよ」
その言葉にリナは少し黙った。
確かにそうかもしれない。
誰かが見る。
誰かが真似したくなる。
そうして広がる。
前の世界では当たり前だったことだ。
けれどこの世界ではまだ新しい。
窓の外では夕日が街を赤く染めていた。
ミアは自分の爪を見る。
赤が光を受けて静かに輝いている。
その指先へ目を留める人が、少しずつ増えていた。
まだ小さな変化だ。
それでも確かに広がり始めている。
リナが作ったものは、知らないうちに街の中を歩き始めていた。




