第23話 上に重ねるもの
夕方。
宿の食堂では客も少なくなり、静かな時間が流れていた。
リナは窓際の席で、自分の爪を眺めている。
赤はできた。
その事実は変わらない。
ミアも喜んでくれた。
市場の人たちも興味を示した。
価値を認めてくれる人まで現れた。
けれど。
リナだけは満足していなかった。
艶がない。
前の世界で見ていたネイルとは違う。
色はある。
だが光が足りない。
その答えを探し続けていた。
机を拭き終えたミアが近付いてくる。
「また考え事ですか?」
「うん」
最近はそんな返事ばかりだった。
ミアも慣れている。
「艶でしたっけ」
「そう」
リナは頷いた。
そして窓の外を見る。
西日が差し込んでいる。
その光を受けて、食堂の木の机が鈍く光っていた。
宿の主人が毎日手入れをしている机だ。
使い込まれている。
それでも光る。
リナはふと手を伸ばした。
机の表面を撫でる。
滑らかだった。
「どうしたんです?」
「いや」
何か引っ掛かった。
だがまだ形にならない。
その日の夜。
部屋へ戻ったリナは試作品を並べていた。
赤は変わらない。
何度見ても赤だ。
艶はない。
そこでふと、前の世界のことを思い出した。
カラー。
ジェル。
トップコート。
ネイルの工程。
その記憶が頭の中で繋がる。
そして。
リナは手を止めた。
「……あ」
思わず声が漏れる。
今さらだった。
本当に今さらだった。
赤に艶を入れようとしていた。
ずっとそう考えていた。
けれど違う。
艶は色ではない。
色の上にあるものだ。
前の世界でもそうだった。
色を作って。
その上に透明な層を重ねる。
だから光る。
だから綺麗に見える。
「そういうことか」
リナは思わず笑った。
答えは最初から知っていた。
知識として持っていた。
ただ、この世界へ来てからずっと色ばかり見ていた。
だから気付かなかった。
必要なのは新しい赤ではない。
透明な何かだ。
色を守り。
光を返す。
そんなもの。
リナは紙を引き寄せる。
そして新しく書き加えた。
『透明』
その文字を見ながら考える。
作れるだろうか。
分からない。
だが方向は見えた。
赤を変える必要はない。
必要なのは、その上だ。
窓の外では月が昇っている。
リナは赤い爪を見る。
今までとは少し違って見えた。
完成はまだ先だ。
けれど。
どこへ向かえばいいのかは分かった。
それだけで十分だった。
リナは試作品を片付ける。
そして小さく呟いた。
「明日だな」
その声には久しぶりに確信が混じっていた。




